アンチテーゼを振りかざせ
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陽の光が、瞑っている瞳の上をそっと撫でる。
その感覚に顔を顰めながらも、誘われるようにゆっくりと重い瞼を上げれば、やはりすぐ側の窓はカーテン越しに、微睡の中の柔らかい日差しを取り入れていた。
冬本番へと差し掛かる空気は、布団の中にいても、張り詰めた冷たさを纏うのが分かる。
今、何時だ。
起き抜けの頭で徐に布団から出した片腕を、きっと枕の近くに放り投げられているであろうスマホを探し当てようとして彷徨わせる。
「……ん、」
するとその拍子に、俺の動きに反応して寝息に少し音を乗せたような微かな声が、布団の中から聞こえた。
「ごめん、起こした?」
「……」
寝起きの掠れた声のまま、
そう問いかけても特に返事は無い。
半端に出していた片腕を再び布団の中に引っ込めた俺は、そのまますぐ隣ですうすうと寝息を立てる女の顔を、身体を下へと少しずらしつつ、覗き込む。
「…紬。」
そう呼んでそっと人差し指で頬を撫でると、突然のそれに、遠慮なく眉間に皺を寄せられてしまった。
「もうちょっと良い顔してよ。」
思わず、クスリと笑みを漏らしながら言葉を紡ぐと、長い睫毛に覆われていた瞳がゆっくりと至近距離で開く。
「…おはよ。」
「……」
ばっちり視線はかち合っているのに、とろんとした緩やかさが抜けない大きな瞳を2、3度瞬いた女は、再びそれをゆっくり閉じて。
「寝るのかよ。」
「……いま何時…、」
「んー多分、6時くらい。」
「……はやい。」
シーツに顔を埋めた状態でのこもった声は、そう舌足らずなままに不平を漏らす。
多分、まだ頭が全く働いていない女は何を思ったか、もぞもぞと布団を共有している俺の方までにじり寄ってくる。
「…、」
そして、華奢な腕がゆっくり背中にまわって。
自分の顔を俺の胸に押しつけて
そのままぎゅう、と抱きついて来た。
「……紬。」
完全に意表を突かれた俺が、なるべく平静を保った声でもう一度呼んでも、多分この女は再び意識を手放した後で。
規則的な呼吸音に混ざって、この朝に似つかわしくない急かされた心音が自分のものだとは流石に分かっている。
…本当に、なんなんだこの女は。
はあ、と1つ息を吐いた俺はそれでも結局は身動きを拘束してくるこの愛しい温もりには勝てない。
観念して抱き寄せれば、ふわりと鼻腔を擽るシャンプーの香りの中で、女の無防備なおでこにキスをする。
ランニングへ出かける時刻は、予定より30分以上は遅れることを予感しつつ、そのまま目を閉じた。