アンチテーゼを振りかざせ
ほむさんとは使っている駅が違うので、会社前で別れて歩き出す。
寒さがすっかり本格化して、暗くなった夜はより冷え切った空気が簡単に纏わりつく。
ノーカラーコートのポケットに両手を突っ込んで、その冷たさに耐えようとすると、肩が思わず上がってしまう。
駅へ向かおうと急ぐヒールが、軽快な音を鳴らせている中で、バイブの振動をバッグ越しに感じた。
「……もしもし?」
”あ、もしもし紬さん?枡川です。
今週もお疲れ様でした!”
それが着信だということと同時に相手の名前を確認して、すぐに耳元にスマホを当てた。
鼓膜を揺らすのは、いつもの明るい彼女の声で、それだけでふと、表情が緩む。
「…お疲れ様です、どうされました?」
”あの、今日実は、
いつもの居酒屋に私の親友と行こうと思っていて。
紬さんの話をしたら是非会いたいって言うもので…
突然ですがお誘いしてみました。”
顔なんて分からない筈なのに、少し恥ずかしそうに告げているのだろうと分かる。
「…ちひろさん。」
”あ、やっぱり急には駄目ですよね?”
私とちひろさんは、居酒屋でお互いに泣き合ってから、定期的に連絡を取り合うようになった。
あの居酒屋で集合するのもすっかり定番で、彼女と、彼女の親友に会いたい気持ちもある。
____でも。
「……私、自分の中で最高の金曜日の過ごし方があって。」
”え、なんですか気になります。”
突然の私の切り返しにも戸惑うことなく、そう問いかけてくれるちひろさんに、私は色々と甘えている。
歳上なのにこの人が全然壁を作らないから、私はすっかり友人のような気持ちになってしまっている。
「缶ビール片手に、サキイカの袋パーティー開けして、金曜ロードショー観るんです。」
”…うわ!!最高ですね。
私も居酒屋行かない時は、家で塩辛食べてハイボールですよ。”
「…だけど、最近ちょっと、
その過ごし方が変わってしまいました。」
”……はい。”