アンチテーゼを振りかざせ
暫く抱き合う状態を続けて、その後、漸く腕の力が緩んだと思ったら、おでこにちゅ、と掠めるような熱が降った。
とっくに涙腺を壊し切った私が、涙ばかり出しては大雑把にトレーナーでそれを拭う姿を見て微かに笑った男は、骨張った手で腕を引いて、優しくマンションまで連行する。
男のもう一方の手には、いつの間にか買い出し品の入ったレジ袋が握られていた。
◻︎
見慣れた玄関を開けて、後ろから一緒に入ってきた男越しにドアの施錠音を確認しつつ自然と振り返った時、
「っ、」
ぐい、と後頭部に回った左手により、必然的にゼロ距離になったと同時に激しく唇が重ねられる。
電気も付いていない真っ暗な闇の中で、相手の存在だけが、より浮き彫りになった。
咄嗟に目を瞑ってしまったから余計に暗闇が不安になってきて、手探りで男の背中に手を添える。
"梓雪"
名前を呼びたいのに、そういう考え全てを封じ込めるようなキスに呼吸もうまく出来なくなってくる。
「……っ、ん、」
男は角度を変えながら口付けの深さを増していくばかりで。
息をなんとか続けようとすれば、耳を塞ぎたいような声が自分の口からただ、漏れてしまう。
狭い玄関で、お互い靴もまだ脱いで無いのに。
後退りするのさえ逃がさないと、今度は大きな手が私の両頬を包むように触れて、固定された。
___ガラン、
それと同時に、男が持っていたレジ袋が落ちたのだと、足元から聞こえた鈍い瓶の音で悟った。
思わず目を開ければ、殆ど唇が触れた距離の、熱を孕んだ三白眼としっかり視線が合う。
「……梓雪。」
そのままやっと名前を呼べば、
何故だかそれだけで、また泣けてくる。
そっと男の頬に指先をそわせて
「………変なわがまま、言った、」
____ごめんなさい。
そう告げると男は数回、綺麗な瞳をゆっくりと瞬きさせて。
文句を言われるかと思ったのに、予想外に柔らかい表情でこちらを見つめていた。
そのまま深く息を吐き出しながら再び大切なものにそうするかのように、抱きしめられる途中で
「…ぶね、ほんと、理性飛ばしかけた。」
と物騒すぎる言葉が耳元で聞こえた。