アンチテーゼを振りかざせ




「前に"梓雪の居ない金曜日は寂しい"って言ってたの可愛かったなー」

「……」

抑揚の無いわざとらしい言葉に、無言のまま思わず繋がれていた手に力を込める。

前を歩く男がそれさえもクスクス笑っているのが分かった。

その背格好までが愛しいなんて感情がふわふわ湧いてくるのは、お酒のせいにもしたい。



「…梓雪。」

この男の名前が、好き。


「ん?」

何気ないこの返事の声が、すごく好き。


だけど私は、そんな素直には伝えられないから。



「……あの時、気まぐれだったとしても。

居酒屋で声かけてくれて、ありがと。」



車が通らなくて良かった。
きっとエンジン音には負ける声のボリュームだった。


なんとか吐き出せたと息を吐くと、


「っ、いた、!」

急に前を歩く男がその歩みをぴたりと止めたりするから、その背中に思い切り鼻をぶつけた。



「……なに…」

咄嗟に鼻をさすりながら上を向くと、怪訝な顔をした男と暗闇の中で視線が交わる。


「どういうこと?」

「…え?」

「気まぐれって何。」

「……え、」

短い驚嘆しか出ない私を易々と見下ろす男が、繋がれた手はそのままに、向き合う姿勢をつくってきた。




「…"あの時"って、初めて俺が話しかけた時だろ。」

「そう、だけど。」

「最初から紬のこと狙ってましたけど?」


何故だか挑発性の高い声色で、綺麗に笑って落とされた言葉に目を見開く。


「……、最初からって、」

「うん、コンビニで見かけた時から。」

「なんで。」

そこは本当に、素直な疑問が漏れた。

干物姿で黄金コンビを買う女の何に惹かれたの。
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