アンチテーゼを振りかざせ




私の服装は、昔と随分変わったと思う。
出勤する時のスタイルはそこまで変化は無いけれど、私服は、スポーツブランドのものがクローゼットを多く占める。
梓雪と買い物に行くと、ランニング用のウェアやシューズを見る機会が増えて、そういう時に店内に飾ってあるカジュアルなレディースの服が、とても可愛いのだ。自分の持っているものと案外組み合わせもしやすくて、"甘辛コーデ"というものに目覚めてしまった。

出かける度に、あの男はそういう私の変化を気づいているのかどうか分からないけど、鋭い三白眼の瞳を甘く細めて「可愛い」と毎回ストレートに褒めてくるので、どう反応を返せば良いのか難しい。





「…でも、久箕君なら紬さんのこときっといつも、許してくれちゃいそうですけどね。だって私と久箕君、"紬さん可愛いなあ〜の会"の会長と副会長なので」

「初耳ですが?」


会長の座は辛うじて久箕君に譲りますが、と付け足すちひろさんはハイボールのグラス片手にやはり屈託なく表情を解す。普段のクールな顔立ちからは想像がつかないくらいの可愛らしい顔に、そろそろ帰さないと瀬尾さんが煩そうだなと予感する。

「……許してもらってちゃ、駄目なんです」

「どうしてですか?」

「それで梓雪が我慢してたら、意味ないから。相手にばっかり負担かけることが、私は、凄く怖いです」

例えばそれに気付かなくて、失うことになったら?

___私は、あの温かい手も、ちょっと子どもみたいな笑顔も、弱さを隠して飄々と軽口ばかり紡ぐ声も、今更絶対に、手放せないのに。



「…そっか。私も肝に銘じます」

グラスを置いてぴし、と姿勢を正した彼女が私の言葉を受け止めて口角をきゅ、と綺麗に上げるからつられて、やっと私も表情を解す。

「…瀬尾さんこそ、ちひろさんに怒ることあるんですか」

「ありますよ?私がおつまみだけでご飯を済ませようとするので、割と怒ってます」

「思ってた喧嘩と違った」


私の素直な感想にやはり楽しそうに笑ったちひろさんは、「今週のデートのこと、また教えてくださいね」とうきうき伝えてくるので、「考えておきます」とやはり可愛げのない返事をした。
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