アンチテーゼを振りかざせ



「ちなみに僕は、駄目」

「え?」

「奥さんにデートドタキャンされたら絶対拗ねるね。僕、寛大じゃないもん」

ほむさんは、楽しそうけろっと告げて、その発言に呆気に取られた私にまた、笑い声を増やす。

「……キャパはみんな違うよ。得意分野だって違う。僕は寛大さじゃ奥さんに敵わない。だからね、他の部分で絶対、挽回したいって思う。___保城ちゃんは、どう?」

「、」


そうだ。私は絶対、あの男には敵わない。

梓雪の広過ぎる優しい心にずっと助けられてきた。どんなに跳ね除けても、可愛くない言葉で傷つけてしまうことがあっても、変わらず私に缶ビールとサキイカをくれた。そうだよ、最初から絶対、勝てるわけが無い。
すとんと、自分の躊躇いが収まるべき場所に落ちる。

口を開こうとしたその瞬間、ズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。バイブに気づいたほむさんが、確認するように促してくれる。

《お疲れ。会場から前言ってた店まで思ったより遠いから、近くの別の店予約しといた。ビッグサイト駅まで迎えに行くから、終わったら連絡して》


嗚呼、やっぱり。
不意に泣きたい衝動が襲って、誤魔化すように瞬きを増やす。目の前のほむさんと視線を合わせても、やっぱり私は下手な笑顔しか出来なかった。


「…そうでした。私も、この分野は敵わない。だから、他の部分で挽回、したいです」

手始めに。
___あの男が選んでくれたこのスニーカーで、走って今すぐ会いに行きたい。

休日だし、私服で構わないと昨日連絡を受けていて、私は玄関で迷わずこの靴を選んだ。行きたくないって凄く憂鬱だったから、このスニーカーなら頑張れる気がした。
途切れ途切れに伝えると、ほむさんが嬉しそうに頷く。

「保城ちゃん、もう行っていいよ」

「え、そんな、」

「片付けくらい、課長にさせよう。僕も押しつけて帰るから」

「…ブラックほむさん…」

「そ。ほら僕、寛大じゃないから?」

悪戯を企てたような、あどけない表情のほむさんに思わず笑う。

そうかな。
私はやっぱり、貴方のようになりたいけれど。

よろしくお願いします、と深くお辞儀をしてから、地面を強く蹴って出口の方へと走り出した。
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