アンチテーゼを振りかざせ
ちょっと、待って。
なんで、この男が此処に居るの。
口をぽかんと開けた私は、ただ目の前の男と見つめ合ってしまった。
店内には、この時間にはそぐわ無いやけにハイテンションなラジオがBGMのように流れているけど、それも今は入ってこない。
そんな私の様子を見て揶揄いを含みつつ口角を上げた男は、徐に自分の携帯を取り出して、ICカードの読み取り部分にそれをかざす。
「奢る。」
「は?」
そしてサラリと私の大好物2つを指差してそう告げた。
「俺今から休憩だから、付き合って。」
「……え。あ、ちょっと…!!」
私の呼びかけを楽しげに笑ってするりと避ける男は、そのままバックヤードへと入ってしまった。
「…な、なんなの。」
◻︎
そこから数分後、私はとりあえずコンビニを出て隣のビルとの薄暗い狭間に立っていた。
光を放ち続ける建物を背にして、なんでこんなことになったのかと溜息を吐く。
というか、どうなの。
この格好で、缶ビールとサキイカを袋も無しに持って立ってる女。
「おー、色気が皆無。」
その瞬間、静寂を気まぐれに揺らす声が隣から聞こえてきた。
私の自問自答に対する返事のような感想と共に笑う男は、白に近いアッシュを夜風に靡かせる。
ネイビーの制服を隠すように黒のパーカーを羽織ったそいつを眼鏡越しに睨みつつ、ずんずんと近づいた。
そして。
「はい。」
「何これ。」
「缶ビールとサキイカ代。
奢られる意味が分からないです。」
どん、と胸に押し付けるように千円札を渡せば、三白眼は愉快に細まる。
ゆっくりそれを受け取ったのを確認して、「じゃあ。」と短く告げて去ろうとした私の背中に問いかけられた言葉。
「____瀬尾さんのこと、好きだったんだろ。」
「、」
思わず険しい顔で振り返ってしまった私は、「嗚呼、こんな反応をしたら肯定しているのと同じだ」と自責の念がそこで生まれて、もう遅い。