アンチテーゼを振りかざせ
唇をきゅ、と結んで押し黙った私を一瞥した男は困ったように眉を下げた。
「あの日、瀬尾さんと店に来たあんた見てすぐ分かった。」
「…?」
「夜中に来る、缶ビール女だなって。」
「…あれと今は別人レベルだと思ってるんだけど。」
私の化粧技術もたかが知れてるなと、諦めたように溜息を吐いて本音を漏らすと、男は「ふーん。」とただ、特に抑揚のない声で答える。
「あの時は俺も流石にあんまり瀬尾さんに話しかけ無い方が良いかなと思って、近づかなかったけど。」
「……、」
あの時、私は彼との時間にいっぱいいっぱいで、どんな店員が居たかなんて、何も思い出せない。
「…俺からしたら、こっちのあんたが先だから。
やけに清楚つくりこんで、笑顔貼りつけて。
しかもカルピスサワー飲んでんの、気にすんなって方が無理。」
「悪趣味。」
そうして特に反省もせず、自分の好奇心をあっさりと自白する男を睨みつけて非難しても、ただ口角を上げるだけだ。
「あんた、アホだね。」
「はあ?」
「…恋敵と、何楽しく飲んだりしてんの。」
「、」
それはこの間、枡川さんと飲んだ時のことを言ってるのだと直ぐに分かった。
ライバルの、笑顔が可愛いあの人は、
いつも全速力で真っ直ぐで、嘘が無い。
それを思った瞬間に、視界がふらふらと頼りなく揺れて、よろけて。
「敵うわけ無いの、分かりきってたし。」
最初から、入り込む隙なんて無かった。
だけど気持ちを一人でどんどん進めた私は、なんて滑稽なんだろう。
「結末だって、別に、予想通りだし。
その後も全然くっつかない2人にヤキモキして、
もう早くまとまってよ、って、思ってたくらいだし、」
男と体の向きを合わせず、横を向いたままに1人吐いた言葉は、薄暗い視界の中で、溶けて消える。
なんだか声も震えた気がして、ぱちぱちと多めに瞬きをしていると、傍の男が一歩近づいたのが視界の端で分かった。