アンチテーゼを振りかざせ
俯いて漏らした言葉に、もっと視界が揺れた。
抱えるようにして持っていた缶ビールは、冷たさを少し失っている。
それに気付いて、よく知らない相手に話し過ぎた、そう思いその場を立ち去ろうとした。
「やっぱり、面倒。」
____のに。
そう感想を告げてこちらへ手を伸ばした男は、私の後頭部を引き寄せて、そのまま自分の肩口に私の顔を押し付けた。
急に共有された体温がやけに温かくて、涙腺がより刺激されてしまう。
「……離して。」
「それはちょっと難しい。」
私の要求をあっさり拒否して、そのまま添えられた手で頭を軽くポンポンとされるそのリズムさえも、嫌じゃ無いのはどうしてだろう。
「…あの2人見てて、なんとかしたくなるのは分かる。」
「?」
「あんだけよく2人で居酒屋に来るくせに相当長い間焦ったい距離で、でもどう考えても好き合ってる空気感で、おっさんのおつまみメニューばっかり食べてる。
あの2人を見守るのは、結構好きだった。」
「…枡川さんのファンなのかと思った。」
「俺はあのヘタレ2人の観察してただけ。」
未だ私の後頭部に手を回したままの男は、穏やかな声のままそう言う。視界の端で、夜に相応しく無い透き通るアッシュの髪が揺れた。
「人に対しても、何に対しても。
1つの感情を貫ける人は、強いと思うけど。
でもそれだけじゃいられない時が普通はあるだろ。」
「……、」
あの2人が笑い合ってるところを見て、やっとかって安堵する気持ちがある。
だけど、同時に痛む気持ちも、まだある。
"私、何してるんだろう。"
ぐちゃぐちゃで説明が出来ない、あの2人への面倒な感情を肯定された気がしてしまう。