アンチテーゼを振りかざせ

失恋をした。


一世一代の恋とか、

そんなことは、分からないけど。



でも、

"負担になることは、
今のうちにこっそりやめませんか？"

「この人が欲しい」

心から、そう思った人だった。



今まで、自分から手を伸ばしたいと
思ったことが無かったから。

結局は、手を伸ばして
気持ちを伝える前に終わっちゃったけど。


「それに。」

「？」

「…失恋した時は、誰かの胸で泣くもんでしょ。」

「……」

夜にそぐわない髪色と、
やけに優しくて人懐っこさを兼ねた声。

そのアンバランスの中で、伝えられた理論。



私は無理矢理に男から離れて、
慌てて目元に溜まっていた涙を拭う。


「…別に大丈夫だし。」

そんな私を黙って観察していた男は、あっさり表情を崩して

「素直じゃねー」

と、クスクス楽しそうに笑った。



そして、そのまま少し首を傾げて

「…ほーしろサン。」

そう戯けたように私の名前を呼ぶ。
どうして知ってるのか、と怪訝さを全面に表情に出すと、


「居酒屋で聞こえてた。下の名前は？」

「…。」


この男に近づくのは良くないと、
私の頭が知らせて来ている。

居酒屋と、コンビニ。
掛け持ちでバイトをしている男。

それだけしか、情報が無い。


目に慣れない、白に近いアッシュの髪がやけに心に焼き付いてしまいそうで視線を逸らした。


「あ、俺は久箕(くみ) 梓雪(しゆき)ね。」

「……、」

「え、ちゃんと名乗ったけど。そっちは？」

「…勝手に、なんなの？」


別に頼んで無いわ、と溜息を漏らしても三白眼は全く気にしていない素振りで「まあこれから知っていくからいいか。」と1人で話を不穏な方向に完結させていた。



そのまま腕に付けているスポーティなデジタル盤の時計を確認して、

「あー、ごめん。そろそろ戻る。」

「…どうぞ？」

何故謝られたのだろう。
まるで私が引き止めていたみたいな言い方をする。

険しい顔でそう告げると、口角を妖艶に上げた男はそのまま私の手の中に、先ほど渡した千円札を返してきた。


「やっぱりそれは、奢る。」

「なんで。」

「…良く頑張ったで賞？」

「、」


じゃあ、また。

楽しさを多分に含んだ声で告げた男は、そう笑って闇に紛れるように去って行った。







These01．

《失恋した時は、誰かの胸で泣くもんでしょ。》

▶︎別に、1人でだって、泣くことはできます。
　また、缶ビールとサキイカがあれば、
　それで充分な女も居ます。




部屋に戻って、
すっかりぬるくなった缶ビールを
何となく一口含んだ。

「…まずい。」

そんなの、美味しい筈がないのに。

"頑張ったで賞"
そう思うと何故だか少しだけ、笑えた。


fin.