アンチテーゼを振りかざせ
◻︎
失恋しても、
変な男との説明しにくい時間があっても。
仕事は、当たり前に毎日振り積もる一方だ。
「保城さん!これ、お願い。」
「はい。」
慌ただしさを身体で表現するのだけは上手い先輩に差し出された書類を、とりあえず笑顔で受け取る。
視線を落として確認したそれは、地方の支社に届くべき発注書だった。
こうして本社に間違えて先方から送られてきてしまうことも多く、その都度いつも対応しなければならない。
「これは、エリア担当の方への連絡は済んでますか?」
「いや?」
あっけらかんと告げられた否定は、悪びれることは一切無く、もはや清々しい。
「あー、発注書郵送する時と連絡する時の名前、一致させた方が良いかなと思って!
敢えて何もしてないや。」
…何が、"敢えて"、だ。
もう最初から郵送手続きも、連絡も、全て私に押し付ける気満々だったんじゃない。
だけど。
それは言わずに笑って了承するのが、いつもの私だから。
「わかりました。」
そう再び微笑んで告げた私は、その後連絡した支社のエリア担当者には「本社で処理してくれたら良いのに。」と、お門違いに文句を言われるわ、散々だった。
◻︎
カタカタ、パソコンのキーボードを打ち込む音が無機質に響いている。
定時間際に、フロアのウォーターサーバーの調子が悪いとの連絡を受けた私は、写真を添付しつつ業者へのメールを作成していた。
総務部の島には、殆どもう人は残っていない。
「保城ちゃん。まだかかりそう?」
そんな中、帰り支度を済ませたらしい総務歴三十数年、大ベテランの羽村さんがそう声をかけてくれる。
「…ほむさん。まだいらっしゃったんですね。」
「またいろいろ投げられたの?
僕にも振ってくれればいいのに。」
「……先生も、びっくりするくらい業務抱えてるのに何仰ってるんですか。」
孫を溺愛中の彼は、
もうそろそろ定年を迎えてしまう。
彼が確かな経験の中で、膨大なルーティン業務を捌いてくれるから私は、なんとかイレギュラーに対応できている部分も多い。
あまりに偉大な彼のことを、ほむさんと呼んだり尊敬を込めて先生と呼んだり、レパートリーは色々ある。
「…僕はもう老いぼれだから良いけどさ。
保城ちゃんは将来を担う若者なんだから。」
総務部で唯一ホッとできるのは、ほむさんと話をしてる時かもしれない。
"将来を担う"
そんな気持ちは、日々の仕事の中でもうとっくに薄れてしまっている気がする。
曖昧に笑うと、ほむさんは
「あ、でもあれは?オフィスリニューアル。」
「…え?」
「プロジェクトで、他の会社の人と接する時間も多いし新鮮なんじゃ無い?」
優しくゆっくり語りかける彼は、なかなかやはり洞察力が優れている。
「…でも。あれは、一時的なものですから。」
オフィスの着工が、いよいよ始まる。
そうすればきっと、あっという間に終わってしまう。
パソコンに再び向き直るようにしてそう笑えば、ほむさんもそれ以上は何も言わなかった。