アンチテーゼを振りかざせ
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「お願い紬ちゃん!!!」
「来てよ保城さん!!!」
「…煩いなあ。」
「……、」
何故こんな展開になってしまっているのだろうか。
4人テーブルの席で、カルピスサワーを喉に流しつつ振り返ろうとしてもいまいち思い出せない。
相当何か言いたそうな腹の立つ顔で、このサワーを運んできた明るい髪色の店員に、隠れてメンチを切ってから、小1時間。
私の目の前にいるのは、香月さんの直属の部下である笠下さんと、小貴さん。
年齢も1つ違いだという2人は、付き合いが長いらしくずっと夫婦漫才みたいな会話を繰り広げている。
「ちょっと!?香月さんがそんなテンション低くてどーすんですか!?」
「そうですよ!!大体、俺らに保城さんのこと紹介したいって言ったのあんたでしょうが!」
「普通こっそり見守るだろ!?
本人に、どストレートに勧誘してどーすんだ。」
ビール片手に噛み付く感じに、私はじ、とその様子を見つめてしまった。
上司にこんな風にフランクに、というかもはや無礼講でつっかかっていく風潮はうちの部には無い。
そんな私の物珍しげな視線に気づいたのか、笠下さんは目が合うとにっこり微笑んだ。
「あ、仕事中はもっとこの人のこと敬ってるからね。」
「大して変わんないけど?」
香月さんも、プロジェクトで出会う時より一層軽い口調になっている気がする。
「保城さんみたいな優秀な人が、うちの部に来てくれたらな〜〜」
「吉野の何百倍活躍してくれるわよ、来てくれたらな〜〜」
「おい、個人名は出すな。」
もはやあまりにくだけ過ぎた会話に、思わず笑ってしまった。
たかだか2年目の人間にこんな言葉をくれるなんて、広報部も相当人員が不足しているらしい。
「ありがとうございます。」
微笑みのままそう告げれば、目の前の2人は「全然響いてなさそう。」と項垂れていた。
「_____保城は、楽しい?」
「…え?」
隣に座る、毒の無い優しい笑顔の香月さんは急にこちらへ問いかける。
「今の仕事。」
「……楽しい、だけで仕事をやっていけることなんて、無いと思います。」
いつもの笑みの中で呟いた言葉を真剣な眼で受け止めた彼は、少し間をあけて、「…2年目で、まずその意見が先に出るか。」と困ったように苦笑した。