アンチテーゼを振りかざせ
「紬、今は何処に住んでんの?」
「…へ?」
「大学の時は寮だったろ。どこ?会社もこの近く?」
にこやかで温和な笑顔の彼は、それでも質問から簡単には逃がさないという圧が隠れている気がする。
答えたく、無い。
「……えっと、」
「____お客様。
トイレの清掃に入りますんで、間、失礼します。」
どう誤魔化そうかと逡巡した時だった。
話をしていた私達の間を割って入るようにやって来た男は、白に近いアッシュをまるで気まぐれのように揺らす。
面倒そうに掃除用具を持っているその姿はちょっと間抜けだったけど、私は心がホッとする感覚があった。
そのまま私達の近くにあった壁に設置されている開閉式の棚を開けてガサガサと、平然と何やら中を探る男のおかげで、謎の沈黙の空間が完成した。
「……じゃあ、紬。また。」
この男のそばで、不自然に途切れた会話を続ける気力は流石に削がれたのか、椋はそう言ってホールの方へと戻っていった。
「……何やってんの。」
「……。」
そうして2人になった瞬間、三白眼を思い切り細めた男は非難の声色で告げて、溜息を漏らす。
「何ナンパされてんの。」
「…ナンパじゃ無いし。」
「ふーん?」
問いかけたくせにさほど私の答えを深く掘りはしない男は、そのまま持っていた筈の掃除用具を棚へと仕舞って扉を閉める。
「…掃除は?」
「……"こんな店"ですが、オープン前にきっちり清掃は終えてますんで。」
つくったような微笑みの男の言葉は、先程の椋のセリフに起因しているらしい。聞こえてたのか。
確かに、働いてる側からしたら気分の良いものでは無い。
「…あれは私の知り合いです。
失礼な発言、ごめんなさい。
あと、会話遮っていただいて助かりました。
ありがとうございます。」
謝罪と感謝をそこは素直に告げると、それはそれで受け止めた瞬間に今度は驚いたように、鋭い三白眼が少しほぐれた。
「___あんた、本当面倒だね。」
「は?」
眉尻を下げ、確かめるような大きさの声で呟かれた言葉の意図はよく分からなかったけどきっと恐らく、褒められてはいない。
それでも、怪訝な表情になった私を見て笑う男はやけに楽しそうだった。