アンチテーゼを振りかざせ


◻︎


「え!インスタフォローします!」

「生ビール一杯目無料は最高ですね〜」

「ありがとうございます、お願いします。
店の名前で検索したらすぐ出てくると思うんで。」


お会計を済ませ、4人で出口へと向かっていたところで声をかけてきた三白眼の店員は、「お店のインスタをフォローしてくれたら次回来店時に使えるクーポンを渡しますよ。」と人懐っこい笑顔で告げた。


笠下さんと小貴さんが生ビールの無料券に惹かれてそれに従うのを後ろでぼんやり見ていると、男は振り返る。


「あ、おねーさん。
サワー系の無料券もありますよ?」


……むかつく。

わざとらしく私に無益な情報を与えてくる男を最大限に睨んでやりたかったけど、堪えて微笑み「大丈夫です。」と丁重に一度はお断りしたのに。


笠下さん達に「貰っておきなよ!」と勢いよく促され、渋々何故だかアカウントをフォローし、先に店を出た香月さん達の元へと向かおうとする。



「___またね。」

「、」


それを一瞬阻むようにぐ、と距離を詰めて耳元でそう言った男は、私の手の中にクーポンをおさめてくる。

そのまま暖簾越しに3人にも挨拶を済ませて、慌ただしくホールへと戻って行った。







「あれ?紬ちゃん、そっち貰っちゃったの?」

「…え?」


店を出て、私が握っていたクーポンを見た笠下さんがそう尋ねて来て、今しがた受け取ったそれを初めて確認した。


「それ、ビール無料券だよ。」

「本当だ。店員さん間違えたのかな。」

「……どうでしょうか。」


あの男は、なんなのだろう。

こんなの絶対的に確信犯に決まってるけど、不思議そうな2人を前に、私は曖昧に笑う。


それでもインスタをやっていない香月さんからの「俺が代わりにもらおうか?」との提案を咄嗟に断ってしまったのはどうしてか、分からない。


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