アンチテーゼを振りかざせ
◻︎
「お待たせしました、生ビールです。」
「……ありがとうございます。」
金曜日の店内は、前に訪れた時にも増して賑わっている。
常連さんも多いのか、アットホームな雰囲気を含めて居心地が良いな、とぼんやり思いつつも視線は一心にコースターの上に置かれたものに注がれる。
「(…美味しそう。)」
カウンター席で1人座る私の後方から差し出されたそれは、「おつかれさま!」と私に語りかけてくれている気さえする。
それを眺めるだけで頬が緩みそうになった。
_____のに。
「……何。」
ビールを運んできた男はその後、全く私のそばから立ち去ろうとしない。
「いや?嬉しそうだなーと思って。」
「……。」
怪訝に問いかけた私の隣で、小首を傾げて笑みを添える男の髪は、透き通る白に近いアッシュ。
「…何か言いたいことでも?」
「別に?気にせず飲めば?」
そんな見られて気になるに決まってるだろ、との気持ちを込めて睨むだけ睨めば、男はやはり楽しそうに破顔した。
外観から決して綺麗とは言えない、赤提灯がかかっているこじんまりとした居酒屋。
恐る恐るその入り口の引き戸を開けた私をすぐに待ち構えていたのは、
"…え、1人?"
三白眼の瞳を少し丸くして、そう問う男だった。
「どんだけシフト入ってるんだ」と苦い顔の私をカウンターへと誘導した男へクーポンを差し出す。
"なんだ、俺に会いに来たのかと思った。"
"何言ってんの?無料券、思い出しただけ。"
"でもそれで、わざわざ来てくれたんだ。"
"…有効期限切れたら、勿体ないから。"
やけに嬉しそうな笑顔に戸惑いながら、視線を外してそう言うのに「期限、半年あるけど?」なんて挑発的に返されて腹立たしかった。