アンチテーゼを振りかざせ
「…俺今日、早上がりなんだよね。」
「……」
未だ離れようとしない男に痺れを切らして、ビールを飲む私に構わず発せられた言葉は、意図がよく分からない。
それがなんだろう、と眉間に皺を寄せると
「一緒に帰ろ。」
「…は?」
予想外の提案をされ、理解に苦しんでしまう。
「俺もあのコンビニの近くに住んでんの。
最寄り駅まで一緒なんだし?」
「……」
いや、なんだし?と言われても。
ビールを持つ手はそのままに、全く納得していない顔の私に「1人で帰るなよ。」と、急に三白眼を鋭くして言った男は、お客さんに呼ばれて漸く立ち去った。
◻︎
そこから暫く。
私の前には、たこわさ、サキイカの味醂漬け、枝豆、見事におっさんメニューが並んでいる。
それらとビールの組み合わせが最高すぎると幸せに浸っていると、いらっしゃいませー!と店員さんの快活な声が来客を知らせた。
なんとなくカウンター近くの入り口を見やると、ショートカットのヘアスタイルが小顔を更に際立たせている、薄手のロングコートに身を包んだ女性が立っていた。
「こんばんは。
…居た、梓雪!!」
「……げ。」
そして扉に手をかけたまま、髪色の明るい男の存在を確認した瞬間、ハキハキした声でそう告げる。
男の方にはいつもの人懐っこい笑みは無く、嫌そうな表情を隠せていない。
「失礼ねあんた。私、客なんだけど。
あとテーブルじゃ無くてカウンター席で。
あんたに話しかけやすいから。」
「………どうぞ。」
覇気のない声のまま、私から2席分離れたカウンターへ嫌そうに誘導した男に、その女性は溜息を吐いて。
「…連絡しても全部断ってくるし、ふざけてんの?」
「ふざけてないし、諦めてくださいよ。」
交わされる会話は、
あまり私は聞かない方が良い気がする。
そう思い、前を向いたまま枝豆を口に放り込んだ。
「…梓雪。まだ、間に合う。」
「いやー、そういう次元の話じゃ無いっすね。」
「どうして?私がいくらでも、
「八恵さん。
……俺はもう、戻らないよ。」
「私も簡単には、諦めない。」
それでも右隣から聞こえる会話は、こんな狭い店内では喧騒の隙間をくぐり抜けて伝わってくる。
男の声はいつものふざけた感じとは違って少しだけ強張った、低い声だった。