アンチテーゼを振りかざせ



両者譲らない、そんな会話は女性の「とりあえずハイボール持ってきて。」という注文で一旦終了した。



男はそのままこちらへ近づいて、空いてる皿をさげながら

「サキイカもっと持ってくる?」

「結構です。」

私の即答に「つれねー」と笑って、キッチンの方へと向かっていった。


そして、いちいち一言付け足してくるのはなんなの、そう溜息を吐いてビールを仰ごうとすると、隣から痛いほどの視線に気づく。


自然と右側へ顔を向けると、ショートカットの女性が私をじ、と見つめていた。



「…な、なにか…?」

「貴女も梓雪を狙って、ここへ通ってるんですか?」

「は?」

「あいつ、なかなか手ごわいでしょ?」



頬杖をついて、桜色の唇に笑みを浮かべた八重、と呼ばれていた女性はそう問いかける。

両耳についたストーンの華奢なピアス、細く長い首がよく目立つ黒のハイネックのリブニット、”大人の女性”という表現がぴったりの彼女は私の間抜けな声にも未だ笑ったままで。


「……全く違います。」

「あれ?そうなの?ちなみに私は必死。
そして全然取り付く島無し。」


何故だかやけに親しく話しかけてくるその女性に、反応の仕方が全く浮かばず、やはり、はあ、と気の抜けた返事しかできない。



なんなのあの金髪男。

こんな綺麗な人がちゃんと居るんだから、



"一緒に帰ろ”

私のこと、巻き込まないでほしい。




そう思えば思うほどに、心が霞がかって謎の圧迫感に襲われる。

頼んだおつまみはもう殆ど食べきっていたので、カウンターでドリンクを作っていた店員さんにお会計を頼み、そのまま立ち上がった。


「あら、帰っちゃうの?今度は一緒に飲もうね。」


ひらりと手を振って、そう自然体のままに全く嫌味も無く告げる彼女は、やはり綺麗。

フレンドリーな人間の底知れないコミュ力を恐ろしく感じた。



会社での私なら、笑顔で返して上手く立ち振る舞うのだろうか、なんて無駄な思考まで生まれた。






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