アンチテーゼを振りかざせ
結局、ビールは無料も合わせて3杯も飲んでしまった。
お店を出て、冷気を充分に感じる夜風はお酒で火照った身体には気持ちいい。
バッグをぶらぶらと揺らして、ヒールの音をアスファルトにゆっくり鳴らせ、やっと駅にたどり着く。
"1人で帰るなよ”
やけに真剣なあの声はなんだったのか。
「紬。」
「__え。」
改札へ向かおうと、何の躊躇いも無く向かっていた足が、容易く止まる。
左側から呼び止められたその声は、聞き覚えがあった。
「……椋。」
どうして、ここにいるの。
「やっぱり。同僚っぽい人達とあの居酒屋行くってことは、会社がこの近くなのかなーって思ってた。」
にこやかな笑顔、初対面からきっと受け入れられやすい柔らかな声。
だけどそれが、今の私には少し怖い。
「…椋も、この駅を使ってるの?」
「いや?俺バス通勤なんだよね。
でも今週はこの駅で紬のこと探してた。ラッキーだったな。
仕事終わるの、いつもこんな遅い時間なの?
それともまた飲んでたとか?
あんな居酒屋で、また上司に無理やり付き合わされてたの?
まあ、あの時は俺がそうだったんだけど。」
そう言って椋は笑う。
視界で高級そうなスーツ姿の彼を確認した瞬間から乱れていた脈拍は、留まることを知らない。
お酒で心地よい温かさを保っていたはずの身体が、急激に冷めていく感覚がある。
矢継ぎ早に降る質問の裏には、やっぱりこの人なりの、”私にはこう居てほしい”が、いつもある気がする。