アンチテーゼを振りかざせ
___"負担になることは、
今のうちにこっそりやめませんか?"
きっかけなんてそんなものは、
あまりにも些細で取るに足りない。
化学繊維メーカーの最大手であるこの××に入社したのは今から1年前。文系の総合職として採用された私は、研修を経て、本部の総務部へ配属された。
別に特に希望していたわけでも無いけれど、年配層の多いその部署で、「華やかになるなあ!」なんて男性陣に言われた時から私の立ち位置は決まっていた。
私はどうやら、顔のつくりがそこそこ整っている。
小さい頃からそれなりに「紬《つむぎ》ちゃんは可愛いらしい顔立ちしてるね」と言われてきたけど、嗚呼そうなのかと、そう軽く思う程度に自分を理解していた。
そもそも私は上に兄が2人居て、毎日喧嘩しているようなうっさい家の中では、可愛いだのなんだの誰かが褒めてくれる環境ではなくて。
なんならそういう環境下のせいもあったのか、男の子に混ざって遊ぶことも全然あったし、それが変だとも思ってなかったのだけど。
それでも小学生の頃、よく外で遊ぶグループの中に、私は気になる男の子が居た。
いつだって一緒だったし、他の女子とは違って"紬"って呼び捨てで呼ばれてたし?
向こうにとっても、私は特別な存在なんじゃ無いかなって根拠もなく思ってしまったその年のバレンタインに、私は勇気を出してチョコを渡した。
"…なにこれ?"
"チョコレート。バレンタインだから。"
"…え!?紬って俺のこと好きなの?惜しいなあ。"
"…え…"
"まあお前は可愛い顔してるとは思うけど!"
でもなあ、いっつも男みたいな格好してるし…もうちょっとスカートとか履いて女らしくしてくれないとな!"
そう、満面の笑顔でサッカーボールを持った少年はポンポンと、何も言えない私の肩を叩いた。
今だったら、「やかましいわガキが女らしいとか一丁前に語るな」って、ぶん殴ってやるのになあ。
あの頃の私は、容易く傷ついた。
そして深く心に刻まれた。
"女の子は、
ちゃんと努力しなきゃ受け止めてもらえない。"
ちょっと整っただけの顔なんか、まるで意味が無い。
家の中は、もうどうでも良い。
あんなうっさい兄達がいる家では別にどんな格好でも良いや。
せめて外だけ。
いつかまた好きな人ができたら、
今度は"惜しい"だなんて言われない自分で居たいよ。
そうして、中学になる頃からファッションや化粧を必死に覚え始めて、身なりにより一層気を使うようになったら、私は顕著に男性から言い寄られることが増えた。
悪い気はしない。
折角"女"なんだから、
可愛いって言われる方が良いに決まってる。