アンチテーゼを振りかざせ
きゅ、と鞄を握っていた手に力がこもった。
「…椋。”あんな居酒屋”って、言わないで。」
「え?」
「料理も、飲み物も、美味しいし。
綺麗でオシャレでは無いかもしれないけど、居心地がいいし、」
ヘタレな瀬尾さんも、
いつも勢いよく動いてしまう桝川さんも、
他部署の私のことまで気に掛ける香月さんも。
何故だか他にお店は無いのかって思うくらいに紹介してくる場所。
変な髪色で、やけに揶揄ってくる
よく分かんない店員のいる居酒屋なのに。
「…紬?どうした?」
本当、自分でもそう思う。
ムキにならずに、笑って流せば済むのに。
だけど、なんでだろう。
この間から、あの場所を否定されると、勝手にあの人達を否定されている気がした。
____そしてそれは、凄く嫌だって思った。
私、こんなにいつも、
笑顔をつくるのがしんどかった?
「とりあえず、送ってくから改札入ろう。」
そう言って椋は、私へと手を伸ばす。
"嫌だ。"
「…椋。私は、」
目の前の彼に示すべき拒否の言葉を決めて発し始めた拍子に、
「______紬、お待たせ。」
背後から聞こえた声が、私を包む。
そのままぐい、と腕を引かれ、あっさり傾いた身体を抱き留めるその温度に、私は触れたことがある。
私の肩を強く抱くその主を見上げつつゆっくり確認すれば、白に近いアッシュが視界の中で揺れた。
目を見開いてただ、見つめる私に気づいた男は、見下ろして私と視線を絡ませる。
「一緒に帰ろうって言ってんのに、何照れてんの?」
…誰がいつ、照れたんだ。
いつもと変わらない調子に拍子抜けして目を細めるのに、三白眼は優しくほぐれて、意図せずこちらの心までほどけそうになる。