アンチテーゼを振りかざせ
「お礼ってことか。」
私の言葉を咀嚼した男は、未だガードレールに器用に座って、片足を引っ掛けて姿勢を保つ。
駅を出てしまえば、最寄りのコンビニまで車道に面したこの道は、さほどお店は無い。
暗闇で、車が走り抜けるその瞬間だけ、男はその全てをライトに余すことなく照らされる。
「結構身体を張った割には、お礼が安くない?」
なかなか受け取らない男に痺れを切らして言葉を発しようとした瞬間、そうケチをつけられて顔を歪めた。
「…じゃあ良い。」
今度嫌味なくらい高級な紅茶でも投げつける。
そう思い、差し出していたジュースを引っ込めようとすると、骨張った手にペットボトルを握る私の手ごと上から覆われた。
この温度が、やけに心を騒がせてくる。
「、…な、に。」
急なことにそう聞き返すと、男はそのまま自分の腕を引いて私との距離を遠慮なく詰める。
ガードレールに腰掛ける男と、私は殆ど同じ高さの位置にいる。新鮮な角度に、心臓が跳ねた気がした。
上目遣いのようにさえ見える三白眼の中に、
一定の感覚で差し込む眩い光。
夜の静寂と、アクセル音のコントラスト。
目も耳も、チカチカ、くらくらしている。
「…あの時なんて言おうとしてた?」
「え?」
「あの男に。
やけに真剣に何か言いかけてたけど。」
"…椋。私は、"
この男が、話を遮る直前のことだと分かった。
「"私は、本当は生ビールが凄く好きだ"って…。」
椋が知らない私を晒すしか無い。
そう思い、私なりに覚悟しての言葉だった。
すると男はきょとんとした顔の後、
「はは…っ、」
レイコンマ1秒の差で、吹き出すように笑ってきた。
なんて失礼なんだろう。
「…何?」
「こっちの台詞。何その宣言。」
「………がっかりさせたら諦めるかと思って。」
偽ってばかりの自分しか、あの人は知らなかったから。
俯きがちに告げた小声の本心も、
この至近距離の男にはきっと聞こえている。
すると今の今まで笑っていたくせに、目の前で大きな溜息を落としてきた。