アンチテーゼを振りかざせ
「本当、面倒。」
またそれか。
思わずム、として眉間に皺を寄せた瞬間に、ペットボトルを持つ私の手を掴む力を強めてくる。
「離して。」
「____紬、やっぱ隙があるな。」
ゆらり、闇にすぐ溶け込みそうな穏やかな声で告げられ、やはり手は離れない。
何が、と、そう返そうとしたのに。
「っ、」
もう片方の手をいとも容易く私の後頭部に添えた男は、下から掬うように唇を重ねてきた。
あっけなく、全ての言葉を飲み込まれる。
時間にすればきっととても短い、
熱の共有が終わるその時。
ちゅ、なんてやけに可愛らしい音が確かに耳に届いて、今何が起こったかを嫌と言うほどに知らせていた。
_________は?
半開きの口のままに、意識なんてしなくても視線が絡む近い距離で、目の前の三白眼には私が映っている。
口角を綺麗に上げた男は少しだけ掠れた声で
「…"助けてくれてありがとう"代の追加。」
平然と告げてくれる。
その瞬間、ハッと我に返った私は、すぐに男の手を振り払ってなんとか距離を取った。
そんな様子さえ男は楽しそうに見守って、漸くガードレールから身体を離し、立ち上がる。
スキニーがより一層、スタイルの良さを際立たせた。
その右手にはさっき私が渡した、炭酸飲料。
目も耳も、
頭までも、チカチカくらくらしたままだ。
「…紬は頭でっかちだから、教えとく。」
呆然と立ち尽くす私にそう言って微笑む男のアッシュが、その拍子にふわりと靡く。
「……あ、んた、ふざけないでよ。」
怒りで震えながらも絞り出した言葉は「さっきさ、」と男の容赦ない切り返しを喰らう。
そして。
These02.
《"ドキドキした?それもう俺のこと好きだよ。"》
訳の分からない言葉を吐いた男から
逃げるように走り去った私は
爆速でマンションのオートロックを開けて
部屋へと駆け込んだ。
玄関に、しゃがみ込んだまま。
今起こったことを思い出そうとして、
いや思い出さない方が良い、
記憶の狭間で、感情が永遠に争いを続けていた。
この鼓動の乱れは、絶対に"それ"じゃない。
▶︎一般的に動悸・息切れの原因は、
他にも存在します。
例)急に全速力で走った時、など?
fin.