アンチテーゼを振りかざせ
涙腺が決壊した今、涙は後から後から溢れて止まらない。
誰も傷つけたく無い。自分も傷つきたく無い。
曝け出すのが、怖い。
____でも。
何があっても笑っているのは、もうしんどい。
曝け出してしまいたい時だってある。
そう思う自分が、本当は、ずっと居る。
まるで、その涙は気持ちと気持ちの乖離を伝えているようで、それが余計に辛くて視界を遮るように目をぎゅ、と閉じる。
とうとう拭い切るのも困難になって、咄嗟に男から顔を背けようとしたその瞬間。
逃さないと言わんばかりに腕をぐ、と引き寄せて、抱き締められてしまった。
「……紬。」
甘さを含んだ声がすぐ耳元で聞こえる。
ヒールを履いても埋まらない身長差は、男が腰を少し折って腕を回してくるから問題が無くなって、むしろそれが問題大アリだった。
「何。というか、離して。」
「……その中に、俺は入れといて。」
私の言葉を完全に無視した男の要求を聞いて、「何が」と問いただす前に、すぐに思い出す。
"自分が好きなものを一緒に飲める人"
"飲みたいと思える人"
「……嫌だ。」
「なんでだよ。」
「だってそれは、
私がこれから選んで良いんでしょ。」
「…………」
自分の発言だからこそ、ぐうの音も出ない。
押し黙った男から、そんな空気を感じて思わずちょっと笑ってしまった。
なんでだろう。
私、この男の腕で笑うなんて、
そんな予定、全然、無かった。
全く計算できていなかった展開に抵抗するかのように、私は、この男の背中にいつの間にか回しそうになった両手を一瞬彷徨わせて、そのままぶらりと下ろした。
「素直じゃねー、」
それをどこまで察しているのか、耳元の声は笑いを含んでそう指摘してきたけど、私は何も言わない。
やけに温かいこの熱を、
そんな簡単に抱きしめ返したりしない。