アンチテーゼを振りかざせ
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「…瀬尾さん!」
「あ、保城さん。急にすみません。」
「いえ、大丈夫です。何かありましたか?」
香月さんとの話を終えて、自席に戻るとパソコンが新着メールを知らせていた。
瀬尾さんからの【アポイントの前に10分ほど時間が欲しい】という内容のそれに了承した私は、約束の時間に彼をエントランスまで迎えに行った。
「…この打ち合わせの後も別のアポイントが入ってて直ぐ出ないとなので。
始まる前に、どうしても渡したいものがあって。」
相変わらず気怠い様相の彼は、ゆるりと笑って私にそう告げる。
「…渡したい物…?」
「保城さん。」
「はい。」
「…実際に工事が始まるとチームメンバーは、あんまり御社に伺うことが無くなります。」
「……そうですね…?」
着工するまでは数え切れないくらい重ねてきた○○の皆さんとのミーティングも、確かに今は行われていない。
「そのことに、ソワソワしてる奴が居ます。」
困ったような笑顔で小さい溜息と共に言った彼は、センスの良いレザーのバッグから何かを取り出した。
それが無地の封筒だと分かっても、いまいち流れの掴めない私は説明を乞うように瀬尾さんを見上げる。
「…保城さん、最近の工事はどういう部分をしてるか知ってますか?」
「え?
…確か、新しく出来る1人個室の辺りでしたっけ…?」
"集中的に引きこもりたい時のための1人個室もありますし、色んな人と話ができるチャットスペースなんかもあります。"
枡川さんが楽しそうに話してくれたのを何となく思い出してそう尋ねると、瀬尾さんは頷いて、整った瞳を解す。
「…この土日の工事で、もう殆ど出来てると聞いてます。」
「そうなんですか。」
フロア内と言えど、工事されている場所はビニールで覆われて外からは見えないからその全貌はよく分からない。
「その個室のデザイン、最後相当拘りました。
いや、"拘らされた"って言った方が良いかも。」
「…?」
リニューアル後の全体像はラフなどで勿論確認はしているけど、各スペースの詳細な完成図はそこまで気にしていなかった。
何故急にその話をされるのかやはり分からないままで首を傾げる私を前に、瀬尾さんは楽しそうに笑う。
「…これ読んだら、ぜひちょっと覗いてみてください。内容知らないですけど、多分、俺が思ってること書いてると思うので。」
いつものゆったりとした口調で言って、差し出されたものを躊躇いながらも受け取った。