アンチテーゼを振りかざせ




…トナーのインクは、残量が少なくなったら必ず複合機の画面に表示が出ているはずだ。


「(最後に使った人、言いに来てよちゃんと!)」


もはや何が起こってもキレてしまいそう。

私は自分の荒れた感情を抑えるように1つ大きくため息を落とす。


そして裏の備品倉庫へ向かおうと振り返った時、


「…こんにちは。」

「…っ、」


そこにはなんだかやけに気怠そうに立つ、すらりと長身の男の人が立っていた。


「…こ、こんにちは。」


急な挨拶に返答しつつチラリと目線を向ける。
紺色のボートネックのカットソーに、黒の細身のパンツスタイルの彼は、首からはうちの社員とは違うゲストカードをさげていた。



「…えっと、」

「あ、今からオフィスリニューアルの件で打ち合わせさせていただく、○○社の瀬尾(せお)と申します。お世話になってます。
早く着いてしまってたのを知った香月(かづき)さんが、折角だから今のオフィス、アポの時間まで見て回ってくださいって言ってくださって、お言葉に甘えてました。」


驚かせてすいません。

ゆっくりとした口調で、やはり気怠い様相のまま語る彼の声は、なんだか心地よかった。

それに、セットされすぎていない焦茶色の髪が柔らかく揺れて、奥二重の切れ長の瞳とす、と筋の通った鼻から整った顔立ちだと、瞬時に理解できた。




香月、というのはうちの会社の広報宣伝部の課長だ。

このオフィスリニューアルの一大イベントをコンペの時から仕切っている人で、まだきちんと話をしたことは無いけれど、優しげなルックスと、この会社の同僚である奥さんを溺愛している点で、とても人気らしい。



「…なんか、複合機鳴ってましたけど。」

私の奥でトナー切れを伝えてるそれを確認しつつ、そう尋ねる彼に、私はじっと見つめすぎてしまったことを自覚して慌てて一礼した。



「お世話になってます。私は、総務部の保城です。

実は私も今回のお打ち合わせから参加させていただきます。今、配布用の資料を準備しているところで…」

「…配布用資料?」

「…あ、はい。」




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