私とピン球
「《私》、ちょっとごめんね」

桜木先輩はそう断ると、私の背後に立った。

と、ふわり、と甘い香りと同時に、温かみに包まれた。

え、ちょっと待っ……!

ラケットを持つ手は、大きく、それでいて繊細な手に覆われている。

「こうして、こう」

先輩が私の腕を操る。

先輩がしゃべる度、背中に振動を感じ、ドキドキ、と心臓が鳴った。
  
「じゃ、このままピン球打ってみるから感覚で覚えてね」

先輩、私、発熱で倒れそうです……! 


        コン


心地よい音が、異様に大きく響いて聞こえた。

先輩と打ったピン球は真っ直ぐに進み、台上から姿を消した。 

その様子が、スローモーションに見えて、私の記憶に深く刻まれた。

「ね?こんな感じで頑張って」

ニコッと笑い、帰ろうとした先輩に声をかける。

「先輩、彼女さんに怒られますよ……?」  

 「僕、彼女いないから。」

そうなんだ。

意外だな。
 
そんな、簡素な感想しか出てこなかったのは。

私が、"恋"をしたから――。

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