この恋の始まりはあの日から~何度すれ違っても、君を愛す~
父の実家は都心に近い場所にあるとは思えない純和風の邸宅で、
百坪は超えそうな庭園には鯉の泳ぐ池もあった。
その屋敷で、大学教授の祖父小松原恒一郎と
華宵流の生け花教室を開いている祖母松子が暮らしていた。
父はひとり息子だったが、大学卒業後は古いしきたりに縛られる事を嫌って
ロサンゼルスへ渡り、苦労してデザイン事務所を持つまでになったらしい。
松子が嗜む華道華宵流は京都に本家がある。
歴史は浅いが伝統と革新のバランスが良く、若い女性には人気の流派だ。
松子は先代の家元の娘で、現在の家元の妹にあたる。
彼女は結婚と同時に、名ばかりの東京支部長を任されていた。
兄の家元とは性格が合わず疎遠だったせいか、一族の中で権限は無い。
松子はお嬢様気質のまま年を重ねたような人だった。
美しい小松原邸は、恒一郎が相続した当時は荒れ果てていたが、
彼と妻の松子が半世紀を掛けて美しく蘇らせた武家屋敷の名残のある邸宅だ。
二人にとってこの屋敷は何物にも代え難い、大切な場所だった。