この恋の始まりはあの日から~何度すれ違っても、君を愛す~
静は祖父と一緒に日本へやって来て、小松原邸で祖母にも引き合わされた。
それまで見た事も無かった日本家屋で生活することになったのだが、
何もかもアメリカとは違っていて戸惑う事ばかりだった。
おまけに、小松原の屋敷には祖母の松子が生け花教室を開いている関係で
大勢の内弟子や通いの家政婦達がいた。
始めの頃は、静も屈託なく誰にでも話しかけていたのだが、
生け花教室に通ってくる夫人たちは皆上品な会話ばかりで静には良く分からない。
家政婦達は、英語交じりで話す静とは関わりたく無さそうだった。
ロサンゼルスでは明るかった静だが、小松原邸に住むようになってからは
毎日緊張して過ごし、笑顔も少なくなっていった。
いつも誰かに見られているし、何となく小声で噂されている気がするのだ。
ただ一人、松子の秘書のような仕事をしている男性、白河清吾だけが
静の日常生活をあれこれと支えてくれた。
祖父は学者だからという訳でもないが、役所や学校の手続き等に疎かったし
祖母は料理等の家事は一切しない。買い物すら人任せだ。
それでも、いざと言う時の懐石料理は作れるのだから実力はあるのだろう。
白河がいなかったら、静はどうなっていたかわからない。
学校の事、お金の事…白河が小松原家の全てを取り仕切っていた。
後から知ったが、白河は松子の秘書ではなかった。
彼は京都の本家から、華宵流東京支部の事務長という肩書で派遣されていた。
松子よりひと回り若いが、すでに髪には白いものが目立っていた。
恒一郎と松子の世話で、苦労が絶えなかったのだろう。