この恋の始まりはあの日から~何度すれ違っても、君を愛す~

婚約者でいること


 
 その年の師走に入ろうかという頃、小松原恒一郎が亡くなった。



大晦日が押し迫った頃、高瀬竜平は小松原邸の客間にいた。
屋敷の中はシンと静まり返って、空気が冷たく感じる。

床の間を背に竜平が座り、その向い側に、鈍色の着物を着た静が座っている。
薄く化粧をしても白っぽい顔が、このところの静の忙しさを物語っていた。

近親者のみの家族葬とはいえ、大学の関係者や友人、
華宵流家元との関りを考えれば、白河の助けがあったとしても大変だったろう。

秋に形式的な婚約(・・)をしたとはいえ、二人の関係は正式に発表していない。
竜平が表立って葬儀を手伝う事も出来ず、彼には少しばかり罪悪感があった。
 
「力になれず、すまなかった。」
「いえ… 高瀬のおじさまからは、色々お力添えをいただきました。
 無事に葬儀が終わったのは皆様のおかげです。」

他人行儀な会話だ。婚約者とは形だけで、二人の間に交流は無い。




『静と久しぶりに会ったのはこの座敷だった…。』

竜平は、静と数年ぶりに会った、秋の日を思い出していた。


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