この恋の始まりはあの日から~何度すれ違っても、君を愛す~
ただ、このおかしな状態は、静にとっては楽だった。
自分が竜平の結婚相手に選ばれたとは未だに思えなかったし、
この先、二人の関係が結婚へと進む自信も全く無かった。
それに、竜平は大会社の後継者だ。
彼に相応しい立場の女性が現れ、いつ彼と恋に落ちるかもしれないのだ。
そうなれば、自分は身を引くしかない。
これから何が起こるかわからないのに婚約者として目立ちたくない…。
それでも、ヨーロッパから帰国した竜平が、時差ボケのパジャマ姿で
マンションの部屋をうろついて織江に叱られたり、
遅い時間に出社する、スーツ姿の竜平を玄関で見送ったり…。
まるで結婚したのかと錯覚しそうな時は、嬉しさと恥ずかしさで赤面した。
竜平の仕事の空き時間がわからないので、電話やメールは控えていたが、
いつも花を活けているサイドボードに伝言メモを置くと、
彼も走り書きだが返事を置いてくれるようになった。
まるで小学生の交換日記ようだと織江に笑われたが、静は楽しかった。
その日花瓶に活けた花の名前
好きな物、嫌いな物…
祖母の様子… 仕事の予定…そんな短い言葉の往復。
竜平の好物を作り置きしたら、『ありがとう』のメッセージ。
もし、彼が目の前にいて自分に言ってくれたらどんなに嬉しいだろう。
竜平の言葉で始まった『お互いを知る』事は確実に実を結んでいた。