この恋の始まりはあの日から~何度すれ違っても、君を愛す~
織江が嬉しそうに竜平の手を取った。
「知らん。俺には愛なんて縁のない言葉だな。」
ぎゅうぎゅうと大きな竜平の手を握りながら、涙すら浮かべて織江が言った。
「織江は嬉しゅうございます。学生時代やさぐれていた坊ちゃまが
こんなに相手を思いやる子に育っておられたなんて…
静様に伝わるとよろしいですねえ。坊ちゃまの愛が。」
「俺が立ち直れたのはあいつのおかげだから…その恩返しかもしれないな。」
竜平は、小松原邸に逃げていた学生時代を思い出していた。
怠惰に生きていた自分の前で、あの頃の静はどんな辛い時でも
背筋を伸ばして、前を向いて、一生懸命頑張っていた。
静は自分の側にいる時だけは、泣いたり笑ったり…表情豊かな子だった。
時折話しかけると、嬉しそうだった。英語で喋った事もあった。
叱られて泣いているのを何度慰めたか…。
辛い境遇だったろうにいつも前向きな静。
その健気な姿を見るたび、己の怠惰な姿に恥ずかしさを覚え、
自分の思い上がりや身勝手だった考えを改める事が出来たのだ。
「俺より随分小さい子供だったが、いつも真っ直ぐに前を見ていたよ。」
本当は泣き虫なのに、他人には涙を見せない強がりだった。
『俺はあいつの強さに救われたのかもしれないな…。』
だが、竜平は一番大切な事に気付いていなかった。
『想い』は、伝える努力をしなければ、相手に伝わらないのだと。