この恋の始まりはあの日から~何度すれ違っても、君を愛す~
竜平からは何度か連絡があったが、静は彼を無視した。
彼の母親の話を聞いてから、これまでの様に彼を信頼する事が出来ないのだ。
『お互いを知る事から始めよう』と言われた事は理解していたが、
結局、彼の家族には婚約者として認識すらされていなかったのだ。
そんな人と、『これから』を考えられる訳が無い。
竜平を避ける様になってしばらくたった頃、
祖母松子の担当医から連絡があり、静は急いで病院へ向かった。
「そろそろ、強い痛み止めを処方いたします。」
恐れていた状況になった様だ。
「治療開始の前に、お孫さんと話がしたいとおっしゃっています。」
「そんなに…祖母は悪いのでしょうか。」
医師は淡々と告げた。
「松子さんの場合、緩和治療です。痛みを和らげてさしあげましょう。
投与を開始したら、ほとんど眠った状態になりますので、
話しておきたい事がありましたら、今のうちに伝えてあげてください。」
静が松子の個室へ向かう足取りは重かった。
ノックすると、松子の弱々しい声が聞こえた。
「どうぞ…。」
以前はあんなにも凛と話していたのに、今は力のない声だった。
「お祖母さま、今日はご気分いかが?」
静は努めて明るい声を出した。
「随分いいのよ。お外に行きたいぐらい。」
「まだ残暑が厳しいから、少し涼しくなったら、お庭を散歩しましょうね。」
「ありがとう。…ほんとにありがとう、静。」
「お祖母さま…。」