―17段目の恋― あのときの君とまさかの恋に落ちるとき
レッスンを終え、着替えを済ませて受付に向かうと田淵がマヤさんと楽し気に話していた。

「お待たせ」
「あ、今さ、まさか水之さんの彼氏? って聞かれていたとこ。
で、思ったんだけど、そういうことにしておいたらいいんじゃない?」

まさか、の意味が気になったが、“そういうこと”の方がもっと気になった。

「そういうことって?」
「だからさ、ぼくらがカップルだってこと」
「その藪から棒の提案はなに?」
「だって龍道コーチと仲良さそうにしているからみんなカリカリしてたよ。『あの人、なんでコーチにあんなため口きくのかしら』『ずうずうしいわねー』『なんかさあ、痴話げんかみたいじゃないの』って」

だから田淵とカップルだということにしておけば余計な嫉妬もなくなるんじゃないか、ということらしい。

「もしくは、『ヤダ、こんないい男が彼氏なの?』って、もっとやっかまれるかもしれないけど」

マヤさんが真面目な顔で言う。

人の不幸が楽しいらしい。ありえそうな嫌な予測を立ててくれる。
透子はため息を付いた。
ストレス解消、ああ楽しい、となるはずのテニススクールでどうしてこんなに疲弊しなきゃいけないのだ。

「マヤさん、私、他のクラスに移りたい」
「どちらに?」
「どこでもいい。もっと穏やかに過ごせるクラスに」

そこに同じクラスの人たちが着替えを終えて出てきたので、透子と田淵はカウンターの端によった。
田淵はみんなから「お疲れ様~」と声をかけられ、にこやかに「お疲れ様です。またよろしくお願いします」と返してみんなを見送った。
初日にして透子よりもクラスになじんでいる。

その間にマヤさんはスマホを取り出して何やら打ち込んでいる。
クラス編成でもチェックしているのかと思って待っていたら「変更はだめだって」と、一緒に予約した舞台のチケットの話みたいに残念そうに、でも仕方ないね、みたいな感じで透子を見た。

「だめ?」
「うん」

クラス変更は同レベルのクラスであれば1か月単位でいつでもできるはずだ。

「あいている初級クラスがないってこと?」

首を振り、マヤさんがスマホの画面を透子に見せた。
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