庵歩の優しい世界
「わかってんだろ? お昼一緒に食べよーよ」
雑誌を読むのに忙しいと言いたげに、だるそうに視線を落としたまま答える珠手。
時々、この書店に訪れては………本を買うわけでもなし、立ち読みをしたいわけでもなし、お昼ご飯のお誘いをしにやって来るのだった。
「まだ終わるまで2時間ぐらいあるけど」
「いいよ、待ってるし」
「お腹空くでしょ」
「だってこの頃バイト終わったらすっ飛んで帰るだろ? 誘ってもあんまし来ねえし。
だから待ってる」
「いや、約束してたらすっ飛んで帰らないよ」
「でも最近忙しいみたいじゃん」
「……まあ」
「………あ、もしかしてここ以外でもバイトしてんの?」
そう言った時、ようやく珠手は私を見た。
大学が春休みに入って、細々と連絡は取っているものの、そういえば最近はめっきり飲みに行ったり、家で飲んだりしていなかった。
その原因といえば───。
「バイトはここだけだけど、お隣さんがうちに遊びにきたりしてたから」
「お隣さんが?」
「そう、まだ5歳なのにしっかりしてるんだよ、それが可愛くって」
私が外に飲みに行かなくなった理由はそれしかなかった。
ナツ君の前でお酒を飲むのも憚られるし、なんせ、幸助は下戸だった。
スプーン一杯のお酒でも、ダメらしく、
それはちょっと試してみたいけれど、ナツ君と幸助と3人でご飯を食べる行為は、
はっきりとわかるほどに私の生活を豊かにしてくれた。