夢幻界〜Welcome to the world of dreams.〜
スマホをギュッと握りしめ、走り出すために一歩を踏み出すが、その足は即座に勢いをなくした。
「涼ちゃんの仕事先って、どこだっけ?」
分からない。
仕事先どころか、彼が何の仕事をしているのかも思い出せない。いや、思い出せないんじゃない、"知らない"のだ。
途方に暮れて、道の真ん中でしゃがみ込んだ。肩に掛けた仕事用の鞄がずり下がり、ドサッと地面を打った。
いつから降っていたんだろう。
気付いたら灰色の空に幾つもの白い線が描かれ、私の体を濡らしていた。
ぼんやりとした視界に突如として、誰かの靴が映り込んだ。それまで頭や肩に打ち付けていた雨が消え、バラバラと頭上で音が鳴る。
濡れた顔を上げると、涼ちゃんが青い傘を差し出していた。
「……っ、涼ちゃん」
彼は眉を下げ、穏やかに笑うだけで何も言わない。代わりに私の前に腰を落とした。
「あっ、あのね。私っ、会社……っ」
今の自分に起こった状況を説明しようとするのだが、感情が昂ってうまくいかない。目から零れ落ちるのは雨なのか涙なのか。私はグス、と洟を啜り、ただひとことだけ尋ねた。
「涼ちゃん、何でここに……?」
「大丈夫だよ」