エリートな彼の好きな女 ~ウブな秘書は恋愛をしたくないのです~
待てよ。
俺の中に邪な感情がみるみる広がっていく。
誤魔化すように薄く微笑む彼女をまじまじと見つめる。
もしかして、妬いたんじゃないか。
俺が今まで興味を示さなかったファンに、突然手紙の返事を書き出して。
……いや、有り得るかよ。
これは俺の妄想だ。
陽葵に限ってそんなことあるわけない。
プロポーズを保留にされてる分際で何を考えているんだ。
でも、もし俺の妄想が正しかったら。
余計に、陽葵が俺のプロポーズに待ったをかける理由が謎めいていく。
いや、そもそもそれ自体間違っているかもしれない。
妄想が正しいとかの問題以前に、プロポーズを保留にしたのは単に断りにくかったからかもしれないじゃないか。
俺が上司で、陽葵は秘書だ。
その関係を崩さないための柔軟な断り方を考えているのかもしれない。
だとしたら、なんて自分勝手なことをしてしまったんだろう。
陽葵にだけ悩ませて、俺は何をやっているんだ。
陽葵を困らせたかったわけじゃないのに。
「陽葵」
「はい」
小さな声で返事をする彼女を見据える。
「この間の――」
俺が言いかけた時だ。
スマホの着信音が聞こえた。
「あ! ごめんなさい。 カバンにしまっておくの忘れて――茉梨香…?」
スマホのディスプレイを見た陽葵の顔色が一瞬怪しくなる。
「すみません。 仕事中に電話を入れてくるような子じゃないんです。 何かあった――」
「すぐに出た方がいい」
「ありがとうございます。失礼します…!」
陽葵は部屋の隅へ移動し、電話を始める。
言いそびれてしまった。
プロポーズは一旦忘れてくれて構わない。
だからもう悩む必要はない。
まぁあくまで、一旦、だけど。
「社長!! 早退させてください!!」
携帯電話を耳に当てたままの陽葵が、顔面蒼白で俺に向かって叫んだ。