エリートな彼の好きな女 ~ウブな秘書は恋愛をしたくないのです~
強気で言ってみたものの、そんなの嘘だ。
やっぱり社長、今日なんか違うよ。

「社長、何かお悩み事でも?」

「悩みかぁ。 特にないけど、強いて言うなら」

社長が小首を傾げる私をじっと見つめる。

「プライベートでも、秘書に社長って呼ばれることかなー」

「…秘書ですからね」

この時間って、社長にとってもプライベートだったんだ。
私はずっと、仕事終わりという認識でいたけど、社長にとっては部下への労いは仕事の範疇なのではと思っていた。

「仕事が終われば、俺たちは社長と秘書じゃなく、鴻上春希と秋月陽葵になるだろ」

つまるところ社長は、リラックスしたいの?
プライベートでは社長ってこと、忘れたいの?
そんなこと、もっと早く言ってくれれば良かったのに。
そしたら私、少しは社長をリラックスさせるために務められる。

「じゃあ、鴻上さんって呼べばいいですか?」

「硬いなぁ」

「春希さん?」

あとはこれしか無いじゃないかと何気なく名前を呼んでみる。
社長は驚いて目を丸くして、それからふわりと優しげな笑みを浮かべた。

「いいね、合格」

その甘美な微笑みに一瞬目を奪われ、慌てて視線をお酒に落とす。

「社長……春希さん、なんか今日変です」

「そうか? 明日のプレゼン、緊張してんのかな」

「それはないでしょう」

軽口を叩くと社長は笑う。
「俺だって緊張はするわ」なんて言って私を小突いた。

「陽葵」

どっきんと大きく心臓が跳ねる。
びっくりした。私のことまで名前で呼ぶの?

「って呼ばれるのは嫌か?」

真面目な顔の社長に、ふるふると首を振って応える。
満足そうに頬を弛めて、社長は言った。
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