ピン球と彼女
「ん……」
 
切れの悪い起きで脳の動きが鈍る。

あの試合の日から、ずっと女の声だけの夢を見ていた。

見さされている、という表現のほうがしっくりくるかもしれない。

俺は、知ってるのに、俺の中で何かが蠢いているのに、出てこない。

「ああ、くそっ、何なんだ!」 

枕を殴るが、柔らかすぎて、衝撃を吸収された。

下へ降りると、やけに神妙な面持ちの父と母がいた。

何かあったのか?

「卓也……実はね」

「父さん、転勤することになったんだ」

え……?

「ふうん」

揺れる心を落ち着かせようと、敢えて冷淡に返事した。

「でね、卓也も転校しちゃうから……」

「いつから?」 

「明日、新しいお家に行って、明後日から学校なの」

はああ!?

「そ、そんな急ピッチで?」
 
「ごめんなさい……だから、今日のうちにお友達に挨拶しておいてね……」

苦しげに瞳を潤ませた母を見て、何も言えなかった。

そのまま、鉛をつけたような体を引きずるようにして登校した。

その日は、何にも身が入らなかった。

深い付き合いの友達はいなかったから、別段悲しくはなかったが、新しい環境への不安に焦がされた。

簡単な別れの挨拶をし、割と淡白に帰ってきて、その日のうちにこの土地を去った。 

スピーディーすぎて、様々なことを抱えてい俺の脳はパンク寸前だった。

「卓也、また卓球部に入るんでしょ?何か、見学させて貰えるみたいだから、明日、行ってきたら?」

わざわざ明るく振る舞おうとしている母の姿が見ていられなかった。
 
正直、部活なんてどうでも良かった。

入る気もなかった。

だが、ここで断っては、母がまた背負うだろうと感じ、「行ってくる」、ただそれだけ返事した。
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