ピン球と彼女
俺がピン球だった頃。  

暗く、狭かった。

人口密度、ならぬピン球密度の高い、暗闇に、沢山の仲間と閉じ込められていた。

狭っ苦しいその空間に嫌気が差し、抜け出したいと思う傍ら、ピン球という柄、いつ死ぬか分からないという恐怖もあった。

法律も適用されないから、皆簡単に俺たちを殺していく。

ピン球は、人間、いや、全ての生物に抗うことができないのだ。

ピン球は、捨て駒なんだ。

だが、ある時、生きる希望の無い俺を、小さく柔らかい温かみが包んだ。

目の前にいたのは、あの平凡女。

少し、幼い、か。

名前は紅葉(もみじ)と言った。

花のように笑うソイツに、俺の恐怖と疲れが解けた。

紅葉は俺を『キュウスケ』と呼び、事あるごとに、俺に話しかけてきた。

嬉しいとき、紅葉は眩しいくらい輝く笑顔で話しくれて。 

悲しいとき、一切の濁りの無い、澄んだ涙を俺に落として。

俺は、紅葉の、曇りの無い、純粋な、透明な、清澄な。

それでいて、すごく温かい。

そんな紅葉に、俺の汚れが吸い込まれて。

ピン球である俺の心まで、吸い込んだ。

だけど、そんなこと叶わない。

それは、俺が一番よくわかっている。

ラケットに叩かれるだけで良いんだ。

紅葉に捨てられないなら、それで良かったのに。

紅葉も……俺のことが好きで。

でも両想いが分かって僅か数秒で、俺は殺された。

紅葉の、消えてしまいそうな、弱々しい吐息を聞くのが苦しくて。
 
俺が、その吐息を壊さないように、守りたかったのに。

結局、俺は紅葉を、傷つけて、悲しませて、一人にさせて、泣かせて。

好きな癖に、不幸にしかできない。

初めて、ピン球であることに腹が立った。

ああ、俺はどうしてピン球なんてものに生まれてきたのだろうか。

俺が、人間だったらどんなに良かったか。

紅葉に包まれ、伝わってくる震えに、どうしようもなく、ピン球である自分を恨んだ。

紅葉の、一粒の涙が俺を包んだ瞬間。

意識を失くし、気づけば『球田卓也』として過ごしていた。
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