嘘が私に噛み付いた
意外と長いまつ毛、乱れてボサボサになった前髪。二の腕はシャツに隠れているが、この下は筋肉質なのだろうなと思う程度にシャツの皺がピンと張り詰めている。前腕は所々血管が浮き出て筋張っている。
左前腕には、昨日チラリと見ていた腕時計。
なんのメーカーだろう、と覗き込む。しかしメーカーが分かる前に、この腕時計ではすっかり昼休みが終わっている時間を指していることに気づいて、慌てて私は篠塚の肩を叩く。
「ん……、なんだよ、浅見か」
くぁ、と伸びをする篠塚にコソコソと耳打ちする。
「おはよう、そろそろ起きないと。昼休みとっくに終わってる」
ちなみに私も篠塚観察に勤しんでいた身であるので、人のことなど言えるわけもないのだが。
すると篠塚は、おもむろに自分の腕時計を見て、「なんだ、まだ1時まで余裕あるじゃん」と呟く。
「え、もう1時5分じゃん」
何を言っているのか、と篠塚の時計を指差しながら指摘すると、篠塚は「あ、違う違う」と答える。
「この腕時計、10分早く進んでるんだよ」
「え、何故に」
「10分早くしてたら、10分前行動が自然にできるのかなと思って時計進めてるんだよね」
「ふーん……」
仕事用の時計でそんなことをやるなんてやっぱり篠塚は変わってるやつだ。
そこで一つ思い出した。
「あ、じゃあ昨日私のこと好きとか言った時も手元の時計は10分早まってたんだ」
なるほど、とポンと手を叩くと、ビクリと篠塚の肩が大袈裟に跳ねた。
「篠塚、エイプリルフールだと思って私に嘘の告白したわけじゃなくて、4月2日だと思ってちゃんと好きって言ってくれた、とか?」
……っていう解釈でよろしいですか、と確認も込めて彼を覗き込むと。
「……そこらへんの解釈は浅見に任せる」
そう、顔を赤くしていたものだから、私も釣られて頬が熱くなる。
「じゃあ、そう思っちゃおうかな」
本当、我ながらゲンキンな奴だ。
この人だったら好かれてても気持ち悪くない、むしろ大歓迎だと思ってしまうんだから。
「……じゃあ、嘘の交際を本当に付き合ってることにして。あと追加で交際延長もしたいんですけど、どうですか」
消え入りそうな声でそう尋ねると、篠塚はチラリとこちらを見た。
そしてこちらにもしっかりと聞こえる声で一言「賛成」と呟いた。
end.