尾を噛む蛇
尾を噛む蛇

コールドスリープ

「僕が覚えてるのはここまでなんだ。分かった?」

僕が話を終えると男はふんふんと腕を組んで頷いていた。

「つまりメグルはずっと昔に“こーるどすりーぷ”と言うのををして、やっとここで目が覚めたってことで良いのかい?」

「うん、まあ。」

あの日の眠りから目覚めたのは、一週間ほど前のことだった。ボロボロになったカプセルから、無事に出られたは良いものの、何も分からず彷徨っていた僕を、ブラウンは助けてくれた。本当なら僕は、生き残れたことを喜ぶべきなのだろう。しかし、ここ数日を過ごすうち、僕はずっとある違和感を感じていた。
というのも、生き残るために、という母の願いでコールドスリープしたはずが、僕はここが生き残った末の未来と言うには少し違う気がしていた。それは、僕が眠りに付く前より遥かに技術が退化していたから。コールドスリープのことも知らないらしい。ブラウンの肌の色は僕より黒く、吹きさらしの砂の上に布と木で出来た家に住んでいる。この村の人はみんなそうだった。そして何より違うのが言語。聞いたことがない言葉ではなかったけど、難しくてぽつりぽつりとしか話せない。現に状況を理解するのにも、僕のことを説明するのにも、何日もかかってしまっていた。
…こんなことならもっと真面目に外語学の授業を受けておくべきだったなぁ。
母は「この星はもうダメ」と言っていたが、僕の肌を黒くしたくないがためにコールドスリープまでさせたというのは流石に考えにくい。技術が退化しているとはいえ、人が生きていける環境ならなぜ母はこんなことをしたんだろう。

「メグル?」

ふと前を向くと、ブラウンが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。ぐるぐると考え事をしているうちに、僕はいつの間にかうつむき黙りこくってしまっていたらしい。

「ごめん、何?」

「いや、もしかしてメグルは、日本から来たんじゃないかな?って。」

「ニホン…?」

聞き返すとブラウンは首を縦に振った。

「それは、土地の名前か何か?」

「うん、知らないのかい?」

「うーん、聞いたことがあるような、ないような?」

僕はうーんと考えるふりをして誤魔化した。
…もしかして、未来では土地の名前が変わっているのかな。

「日本の人は、時々ここに来るんだ。皆良い人ばっかりさ。」

ブラウンは何故か得意気に笑った。
聞けばブラウン達が今ここで暮らせているのは、そのニホンの人達のおかげもあるのだと言う。病気の治療の為の薬や費用も集めてくれたり、この村に井戸を掘ったりと、彼らは貧しい人の助けをしているらしい。

「会って話してみたいな。」

僕は呟いた。そうすれば今の状況で何か分かることがあるかも知れない。

「じゃあ、会ってみたらいいよ。」

ふと声のした方を振り向くと、一人の女の子が腕を組んで立っていた。

「アニー。」

そこにいたのはブラウンの妹のアニー。浅くため息をついて、来い来いと小さく手招きをしている。それを見て僕とブラウンは顔を見合わせた。僕らはよくわからないままゆっくりと立ちあがり、スタスタと歩いて行くアニーの後ろをついて進んだ。

「ニホンの人、来たのかな?」

僕の質問にブラウンは首を振った。

「まさか、この間来たばかりだよ。」

「そっか、じゃあどういう意味だろ。会ってみたらいいって言ってたけど…」

そんな僕等の会話が聞こえたのか「そのままの意味よ。」とアニーは足を止めて振り向いた。

「来たの。タナカ達が。」

「タナカ?」

アニーが指を差した方向には、わぁわぁと騒ぐ村の子供達がいた。そしてその真ん中にいたのは僕と同じ肌の色をした女の人。その人の周りにいる子供たちは笑顔だ。

「あの人がブラウンがさっき話していた日本の人。子供達の真ん中にいるのは、タナカよ。」

アニーが言った。
確かに、ブラウンが僕をニホンから来たかもと言った理由がよく分かった。
僕と、似ている。
正確に言えば、顔が似てる訳じゃない。うまく表現出来ないけど、どことなく系統が似てると言う方が正しい感じがする。この人達に聞けば、今僕がどういう状況下にいるのか、確かめるヒントになるかも知れない。
そう思いパッと横を見ると、さっきまでいたはずのブラウンの姿が見当たらない。

「あれ。ブラウンは?」

「あっち。」

僕の言葉に反応して、アニーはニホンの人達のいる方をもう一度指差した。
その方向を再びよく見てみると、ブラウンが小さな子供達に混じって、タナカさんの横をピョンピョンと跳びはねているのが目に入った。ひときわ背が高いはずなのに、全く違和感がない。

「この村の人はみんなタナカ達が好きだけど、ブラウンは特になの。いつもあんな感じよ。」

驚く僕をよそに、アニーが冷静に教えてくれた。ブラウンには悪いけど、兄妹はどちらかがぬけていると、もう片方がしっかりするというのは本当らしい。

「おーい!」

突然、後ろから聞こえた大声に思わず振り返った。すると、タナカさんとは違うニホンの人らしき人物が、手を振りながらこっちへ走って来ている。彼は僕らの前で立ち止まると、膝に手を置いてはぁはぁと息をきらしながら言った。

「やぁ、調子はどうかな?アニー。」

「おかげさまで、とても良いわ。」

僕の横で普通に会話をする二人。この人もアニー達と同じ言語で喋っている。僕はまだ、たどたどしくしか話せないので会話に参加出来ない。完全に蚊帳の外だ。すると、後ろからもう一人、その人と同じような服装をした人が歩いてきた。

「牧原!個人に挨拶は後だってば。村の人集めるの手伝えって!」

彼は怒っているのか、ドスドスと足音を鳴らしながらこっちへ向かってくる。
マキハラ?アニーと話している人の名前かな。
そう考えるが、人が増えても僕は蚊帳の外であることを思うとちょっと寂しい。すると、一人ポツンとしている僕はさっき来た彼とふいに目が合った。

「ん?え、誰。」

いや、僕ずっとここにいたんですけど。
驚く彼に向かってアニーが言う。

「彼はメグルよ。一週間くらい前に、ブラウンが拾ってきた。」

そんな犬みたいな…まあ、間違ってないか。
一人納得していると、さっきアニーと話していた人、確かマキハラさん。彼が周りをぐるぐると回って、じろじろと僕を見始めた。

「拾ってきたとか以前にさ、君アフリカ人じゃないよね。アジア系の人っしょ。」

そう言って「どうやってこんな所来たの?」と首を傾げている。
アジア系とか、アフリカとかはよくわからないけど、コールドスリープしただけで、場所は対して変わっていないはずなのに、どうして僕はこんなところに居るのか。それは自分が一番分かっていない。僕が変わってないのなら、環境が変わっているということになる。

「メグルもよく分からないんでしょ?寝て起きたらここにいたんだって、ブラウンと話してた。」

「分からないって、記憶がないってこと?それってマズイんじゃない?」

男の人が言った。正確に言えば、記憶がない訳じゃないけど、どこから来たのかも、ここのことも、何も分からない今の僕は、記憶喪失とさして変わらないのかもしれない。

「僕、ニホンに行きたいです。」

久しぶりに自分の言語で話した気がした。

「「日本語!」」

それを聞いて、二人は同時に声をあげた。どうやら通じるらしい。しかし、アニーには通じなかったようで、僕と彼らの顔を交互に見ている。

「マジか。アジア系どころか、日本人?俺の言ってること、分かる?」

僕はコクリと小さく頷いた。すると二人は、顔を見合わせて、なにやら話しはじめてしまった。その間にアニーが、なんの話をしてるのか。と聞いてきたので、覚えたての言語で少しずつ説明する。

「おお、こっちの言語も話せるのか。」

僕の説明を聞いて二人がまた、息ぴったりで驚いた。…仲が良いのかな。
そんなことをしていると、また別のニホンの人がこっちに走って来る。次は女の人だった。

「ちょっと鈴木くん!牧原くん呼びに行ったんじゃなかったの?」

この人もなんだか怒ってる。というか、さっき来た彼はスズキさんって言うのか。
「げっ!」と声をあげて、マキハラさんはサッと僕の背後に隠れる。スズキさんは、いつの間にかマキハラさんの後ろに隠れていた。

「ちょっと?そんな子供の後ろに隠れて…って誰よその子。」

女の人は驚いて僕の顔をじっと見た。

「そ、そうこの子。日本人なんだって。」

とスズキさん。

「一人でこんなところにいるのおかしいだろ?だから話を聞いてたんだって。」

マキハラさんは「な?」と言って僕に同意を求めた。
って、僕に言われても。

「はぁ?まあ、確かにアジア人みたいだけど。君、日本から来たの?」

「えっと、た、多分。」

僕は曖昧に答えた。すると、女の人はまた驚いた顔をして「日本語だ。」と呟いた。皆同じような反応をするんだな。と考える僕の横でアニーが喋りだした。

「ねぇ、あそこ。村の皆が集まってるんだけど。なにかあったの?」

それを聞いて三人はハッとした。そういえば、スズキさんが来た時マキハラさんにそんなような事を言っていた気がする。

「そ、そうだった!アニー、大事な話があるからちょっと集まって欲しいんだ。」

「分かったわ。」

アニーが頷くと、女の人とスズキさんは一緒に村の人の集まる方へ歩いて言ってしまった。残された僕はどうしようかと、立ち尽くしていると、後ろに立っていたマキハラさんにポンと背中を押された。

「メグルくんだっけ?君も行こっか。ここで待っていても仕方ないし、ね?」

僕は軽く頷いて返事をした。
皆の集まる木陰に行くと、ブラウンが茶色い風呂敷の上に座ってグスグスと泣いていた。その周りでは、小さな子供たちもブラウンに抱きついて、一緒に泣いている。

「ど、どうしたの?」

ビックリして、たまたま近くにいた男の子に聞いた。しかし男の子は「わかんない。」と言って首を振る。
何があったんだろう。さっきまで、あんなにはしゃいでいたのに。
すると、横にいたマキハラさんが他のニホンの人の所へため息をつきながら歩いていった。

「田中さん、もう言っちゃったんですか?これじゃ集めた意味ないですよ。」

「ご、ごめんね。あとでって言ったんだけど、どうしてもってお願いされちゃって。」

やれやれ、と首を振るマキハラさんに向かって「お前何もしてないだろ。」と渇を入れるスズキさん。その横で、さっきの女の人がマイクを手に取って喋り始めた。

「えー。ブラウン達は田中から聞いたみたいだけど、今日、私達は皆にお別れの挨拶に来たの。」

突然の発表に、村の人達は声をあげて驚いた。しかし彼女は、それをなだめるようにして話を続ける。

「お、お別れって言っても、もう会えない訳じゃないから安心して。この村は、初めに比べてとても環境が良くなったわ。だから、次は他の村にも行かなくちゃいけないの。ここに来る回数は減るけど、時々来るから。」

そう言い終えると、カチリとマイクのスイッチを切った。どうやら、ブラウン達が泣いていたのは、タナカさんから先にこの話を聞いていたかららしい。

「そういうことなの。皆、ごめんね。」

そう言ったタナカさんは、ブラウン達以上に泣いている。
それからは、皆それぞれ思い思いに挨拶を交わしているようだった。僕はというと、つられて泣いてしまった子や、僕も一緒に行ってしまう、としがみついて来る子を落ち着かせるのに必死で、案外忙しかった。
しかし、僕は本当にニホンへついて行っても大丈夫なのだろうか。そんな不安が頭を過る。その後、一通り挨拶が済むと、マキハラさんとスズキさんが僕の方へ来た。

「メグルくん、ちょっとおいで。」

僕は返事をせずに、手招きをした二人の後ろを歩いて白いテントに入る。すると、中ではタナカさんが椅子に座って待っていた。

「はい、この子がメグルくん。」

女の人が僕の肩にポンと手を置いた。さっきとは違い、黒縁のメガネを掛けている。

「わ、本当に日本人だね。はじめまして。」

僕は戸惑いつつもペコリと軽く頭を下げた。マキハラさん達は、いつの間にかテントの中にあったパイプ椅子にそれぞれ腰掛けている。

「私は田中っていうんだ。メグルくんは、日本に帰りたいんだよね?」

「は、はい。」

「パスポートとか持ってる?」

「持ってないです。」

それから幾つかの質問をされた後、タナカさんはうーんと唸ってからパチンと手を叩いた。

「よし!メグルくん。君さ、私の家の子にならない?」

「へ?」

すっとんきょうな声が出たかと思うと、他の三人は椅子から立ち上がって「「は!?」」と大声で驚いた。

「ちょっと田中さん!そんな勝手に、この子だって本当の親がいるのよ。」

「でも、戸籍が無いとパスポートは作れないわよ。正式に申請を出すにしても、どこかの家の子供になっていた方が良いでしょう?」

「い、いやそれにしたって唐突過ぎるだろ。」

スズキさんと女の人が声をあげた。それに対して、マキハラさんは僕の顔を覗きこんで言う。

「でも、記憶がないと帰る場所がないよな。」

あ、そうか。まだちゃんと説明してなかったんだ。

「あ、あの。」

混乱の中、僕は恐るおそる口を開いた。

「コールドスリープ?」

「はい。」

説明を終えると、四人は複雑な表情で顔を見合わせていた。

「じゃあ、記憶がない訳じゃないってこと?」

「はい。何も分からないことは変わらないですけど。」

僕が答えると、スズキさんは首の後ろを掻きながら言った。

「って言ってもな。コールドスリープなんて技術、今でもそんなに使わないだろ。」

それは、僕の時代でもそんなに主流ではなかったけど。

「まあ、何にしたってメグルが困ってるなら力になるよ。」

マキハラさんはニカッと笑って「俺たちは幸せを繋ぐウロボロスの団体だからな!」と言った。
ウロボロス…聞いたことがあるかもしれない。確か、自らの尻尾を噛んで円くなった蛇のことだ。僕が小さかった頃、よく母が話してくれた物語に出てきていた。ただ、どこか他でもそれを見た記憶があるんだけど。…どこだっけ。

「そうは言っても、本来は無限性とか悪循環とかを表すらしいから、幸せとはあんま関係ないけどね。」

女の人がタナカさんの方をチラリと見る。

「いいでしょ?カッコいいじゃない、ほら。」

そう言いタナカさんは、着ていたシャツの裾を引っ張って柄を見せてくれる。
…それ、ウロボロスだったんだ。ずっとお揃いのへ…いやちょっと変わったシャツを着ているなと思ってはいたけど。

「今、変なシャツだと思ったでしょ。」

ギクリ。慌てて首を振るとスズキさんはクスクスと笑った。

「あ!もしかしてメグルはタイムスリップしてきた未来人だったりして。」

マキハラさんは唐突に真面目な顔で言った。
タイムスリップ。流石にそれはないと思うが、そういえば今が何年なのか知らない。僕はどのくらい眠っていたのだろう。

「あの、スズキさん。今って何年ですか?」

隣にいたので声を掛けた。

「あれ、俺名乗った?まあいいや。今は2020年だよ。どのくらい経ってる?」

2020年か。確か僕が眠ったのが2120年だから…って、あれ。
僕は固まった。四人の方を見たは良いが、何と言って良いのかが分からずに、口をパクパクと動かすばかりだ。しかし、さっきのマキハラさんの言葉もあって皆何か察したようだった。

「…マジか。」

たどり着いた結論は一つ。僕がしたのは未来を繋ぐためのコールドスリープじゃなく、未来を変えるための過去へのタイムスリップ。…かもしれない。
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