身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない
「圭太、今何時?」
柊一さんの視線が私から隣にいる男性へと移動した。
きれいにセットされた少し茶色がかった髪に、かっちりとしたメタルフレームの眼鏡が似合う、いかにも真面目そうな見た目のこの男性の名前は榊圭太さん。
年齢は私の四つ上。彼のことも、かつて同じ部署で仕事をしていたからよく覚えている。
榊さんは腕時計に視線を落としてから、中指でクイッと眼鏡を持ち上げながら答える。
「二時半です。会議開始までにはあと三十分ほどありますよ、社長」
「そうか。それなら少し時間をくれ。美桜と話がしたい」
「そうおっしゃると思いました。……お久しぶりです、島本さん」
榊さんが視線を柊一さんから私に向けて声を掛けてくる。私も「お久しぶりです」と小さな声で返して頭を下げた。
榊さんの視線が再び柊一さんへと戻っていく。
「三時までには必ずお戻りください」
「わかっている」
柊一さんは掴んでいた私の腕をいったん離した。そして、今度は手を握られる。
「美桜、ちょっと来て」
「えっ、あの……」
こちらの都合は一切聞かずに私を引っ張ってどこかへ連れていこうとする柊一さんは、相変わらず横暴な人だ。
四年前と少しも変わらない彼に思わず懐かしさが込み上げて、少しだけ切なくなった。