身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない
柊一さんはベンチの背もたれに体を預けると、長い足を弄ぶように前に投げ出す。そのまま頭を大きく後ろへそらすと、真っ青な空を見つめて短く息を吐いた。
さっと吹き抜ける春の風が、柊一さんの黒髪を優しく揺らす。
「まさか俺たちの出会いの場であるリリーオブザバリーで、こうしてまた美桜と再会するとは思わなかったな」
そう呟いた彼の左手に自然と私の視線が向かってしまう。
指輪、つけていないんだ……。
まだ結婚していないのだろうか。それとも、ただつけていないだけ? 私と別れるきっかけになった〝縁談〟はどうなったのだろう……。
「ところで美桜はどうしてうちの式場にいたんだ」
そう問い掛けられてハッとなり、私は慌てて柊一さんの左手から視線をそらした。前方に見える噴水を見つめながら答える。
「マドレーヌの配達に来ました。たぶんこのあとの会議の休憩時間に出てくると思いますよ」
「マドレーヌ?」
柊一さんが不思議そうに首を傾げる。でも、必要以上のことを彼に話すつもりはないので、私はさりげなく話を変えることにした。