身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない

「マドレーヌ十五個の注文があったのよ。だから、美桜ちゃん配達お願いね」
「わかりました」
「場所はわかる? わかるわよね。ここから大通りに出て、駅とは反対の方向に歩いていけば十分ぐらいで着くと思うわ。大きくて立派な外観だからすぐにわかるはずよ」
「はい」

 牧子さんからマドレーヌの入った紙袋を受け取ると、私は制服の上にスプリングコートを羽織ってからお店を出た。

 時刻は午後二時を過ぎた頃。抜けるような青空の下を、四月のふんわりとした優しい風が吹き抜けていく。

 そんな穏やかな春の気候とは正反対に、私の心中は穏やかではない。

 大通り沿いを真っ直ぐに進みながら、目的地へと近づくにつれて自然と鼓動が早まっていく。

 というのも、これから私が向かうリリーオブザバリーは、私のかつての職場である『セリザワブライダル』が運営している結婚式場なのだ。

 一か月ほど前、この近くに新店舗が建設されたことは知っていたけれど、まさかそこへお菓子の配達に行くことになるとは思わなかった。

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