身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない
動揺が一気に押し寄せて、ふっと体の力が抜けてしまった。
手に持っていた資料を落してしまい、バラバラと床に散らばっていく。慌ててしゃがみこみ、それを拾い集めていると、頭上から低い声が降ってきた。
『美桜? お前、こんなところで何してるんだ』
ハッと顔を上げると、そこにいるのは上品なグレーのスーツに濃いブルーのネクタイ姿の男性――柊一さんが呆れた表情で私を見下ろしている。
『しゅ……じゃなくて芹沢課長』
すっかり呼び慣れてしまった彼の名前で呼びそうになり、ここが社内だということを思い出して言い直す。
それよりも、どうしてこのタイミングでこんな場所に現れるのだろう。
休憩室にいる女性社員たちの噂の的にされている人物の登場に、私の動揺はさらに大きくなる。
慌てて立ち上がろうとすると、床に散らばっている資料のうちの一枚に足を滑らせてしまい、尻餅をついてしまった。
『いたたたた……』
打ったお尻をなでていると、『なにしてるんだお前』と呆れたような声が落ちてくる。
『早く立て』
柊一さんが私の腕を引っ張って、立ち上がるのを手伝ってくれた。
『ほら、資料』
『ありがとうございます』
床に散らばる資料までご丁寧に拾い集めて渡してくれた柊一さんに、ぺこりと頭を下げる。