身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない

『こんなところに俺を連れ込んだお前が悪い』

 私の髪をそっと撫でると、柊一さんが背を向ける。

『じゃあ俺は会議があるからもう行くな。美桜、今夜の約束忘れるなよ』

 そう告げると軽く笑みを見せて、柊一さんは応接室を出て行ってしまう。途端に体の力が抜けた私は、壁に背をつけたままその場に座り込んでしまった。





『――美桜、遅い!』

 衣装事業部の前には腕を組んで私を待ち構えている同期――堀口若葉(ほりぐちわかば)の姿があった。

『第三営業課で出しているデータが大至急必要だから美桜に頼んだのに、ぜんぜん来ないんだもん』
『ごめん、若葉』

 謝りながら、走ってきたせいで乱れてしまった呼吸を整える。

『はい、これ。頼まれたもの』
『さんきゅ』

 若葉に資料を渡すと、それを受け取った彼女がさっそく中身を確認している。私は、ちらっと若葉の後ろにあるオフィス内を見渡した。

『忙しそうだね、衣装事業部』

 せかせかと動き回る社員たちと、ウエディングドレスやカラードレスを着ているマネキンが目に入る。

『新作発表に向けて大詰めだからね』
『そっか』

 セリザワブライダルのオリジナルドレスの新作発表は年に二回、二月と七月。リリーオブザバリーの式場を使いファッションショーのような形でお披露目されるのだ。

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