身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない
『どうせまた自分の仕事も終わらないのに他人の仕事を押し付けられて断れなかったんだろ』
着ていたコートをハンガーにかけていると、柊一さんの小さなため息が聞こえた。私は、静かに席に腰を下ろす。
さすが柊一さん。私の元上司だけある。残業で遅くなりますとだけ伝えたのに、仕事を押し付けられたことまで気付いてしまうとは。
『お前、そのお人好しも大概にしとけよ。自分の手に負えない分まで引き受けて残業ばかりしていたら、自分の評価を下げるだけだぞ』
『はい……』
でも、断れないんだから仕方ないじゃん。そう胸の内だけで反論していると、女性店員が飲み物の注文を取りに来てくれたので迷わずにビールを頼んだ。
すぐにそれは運ばれてきて、勢いよく喉へ流し込む。仕事終わりのビールは格別に美味しい。
『相変わらずいい飲みっぷりだな』
半分ほど空になったジョッキをテーブルに置くと、目の前の柊一さんが呆れたように笑っている。
『そんなに豪快に飲めるお前が羨ましいよ』
そう告げる彼が飲んでいるのは麦茶だ。どうやらあまりお酒が好きではないらしく、仕事の付き合いでは飲むけれど、プライベートで柊一さんはほとんどお酒を飲まない。
それなのにどうして今夜の食事場所を居酒屋にしてくれたのかといえば、たぶんお酒が大好きな私のためだと思う。