身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない

 ふとそんなことを思い出しながら、目の前にそびえるリリーオブザバリーをしばらくぼんやりと眺めていた。けれど『早く配達をすませてお店に戻ろう』と、意識を一気に引き戻す。

 今日は式場の定休日なのだろうか。正門がしっかりと閉じられているので、とりあえず近くにあったインターフォンを押してみる。

 すると、スタッフらしき女性の応答があったので、「すみません」とインターフォン越しに声を掛けた。

「パティスリー・アマドゥールです。マドレーヌの配達に来ました」
「アマドゥールさんですね。少々お待ちください」

 しばらくするとパンツスタイルのスーツを着た二十代ぐらいの女性スタッフがやって来て、正門の扉を開けてくれた。

 それからマドレーヌ十五個分の代金をいただき、受取用紙にサインをもらう。マドレーヌの入った紙袋を渡すと、私の配達作業は終了だ。

「アマドゥールさんのマドレーヌってとっても美味しいですよね」

 さっさとお店に戻ろうと思ったものの、女性スタッフの声に引き止められてしまった。

 彼女は、紙袋の中を覗き込みながら嬉しそうな表情を浮かべている。

< 8 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop