愛することを忘れた彼の不器用な愛し方
パソコンにかじりついてソースコードを叩いていると、いつの間にか定時も過ぎ残業時間に突入していた。同僚の「お先に失礼します」という声で、私もようやく一息つく。

手を伸ばして伸びをしていると背後から話しかけられ、慌てて姿勢を正した。

「山河さんもう帰ったかな?」

「はい、先ほど帰られまし……た」

振り向きながら答えるとそこにはまさかの日下さんが立っていて、驚きのあまりその場で固まってしまった。
あの日以来、何度か社内で顔を見かけはしたが、面と向かって話をするのは今が初めてだ。相変わらず格好よく、図らずも胸がドキッと高鳴った。

「他にセキュリティの話わかる人いないかな?」

セキュリティ担当は山河さんだが、私も多少お手伝いをしているので内容によっては答えることができるかもしれない。これは日下さんとお話できる大チャンスではなかろうか。

「えと、じゃあ私がお受けしま……」

そう思って名乗りを上げたのに、私は日下さんの左手に釘付けになった。もしかしたら見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。

日下さんの左手の薬指には、シンプルな指輪がはまっていたのだ。デザインからして、それは結婚指輪に見える。

嘘、でしょ?
一瞬にして血の気が引いていく気がした。
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