愛することを忘れた彼の不器用な愛し方
急に別方向から腕を引っ張られたことによって、私はよろけながらも匠馬から離れられた。

そんな私の目の前に立っていたのは日下さんだった。日下さんは私をきちんと立たせるなり不快な顔で私の胸元に手を伸ばす。そしておもむろに中途半端に開いていたパーカーのジッパーを首元まで上げた。

「おい、芽生、誰だよ」

匠馬が不機嫌に私の手を取ろうとしたが、日下さんがそれを許さず私と匠馬の間に割って入る。

「あの、こちらは会社の……」

「お前には関係ない。芽生に近づくな」

日下さんは低く吐き捨てると、そのまま私を引っ張って歩きだす。日下さんの凄みに負けたのか匠馬はそれ以上追っては来ず、内心ほっと胸を撫で下ろした。

不機嫌さを隠さない日下さんの横顔に恐る恐る呼び掛ける。

「すみません、ありがとうございます」

「ナンパ?」

「あ、いえ、……元彼です。偶然会っちゃって」

「ふーん、別れてよかったじゃん。何か体目当てみたいだったけど?」

「え、そうですか?」

危機感ゼロの私に日下さんは呆れた大きなため息をつくと、ようやく私の方を見た。だがその顔は未だ不機嫌極まりない。

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